テッドは呆然としていた。

「……………」

何故だか船内そこらじゅうに笹と短冊が飾ってあるを見て、テッドは呆然としていた。




確かに、今日はどういう理由でかは知らないが、『七夕』という行事が行われる事は知っていた。…知ってはいたが、物には限度という物があるだろう。(いや、この船にはないのかもしれないが…)
見える範囲だけでも、テッドの身長並である笹が10本は飾ってあったのだ。これは明らかにやり過ぎだ…。

(何だってこんなに…;)

と思いながら、用を済ませ自室へと戻ると、ふと目についたのは………………

「…何でオレの部屋の前にまで飾ってあるんだ…」

怒気を漂わせ、テッドは一人ごちた。
テッドが少し部屋を出て戻る間に、短冊が大量に付けられた笹が、ドアに飾ってあったのだ…。
これは怒っていい所だろう。
部屋を出た時には呆然としただけだったが、この笹を見たならば責任者を怒鳴りつける事を考えなければならないだろう。

「……………」

しかも、短冊にこうまで書かれていては…

『テッドがカイカとずっと一緒に居てあげてくれますように』
『カイカを一生幸せにしてあげて下さい』
『栄養管理も忘れずにずっとしてやれよ』
『カイカと一緒にいてやらないと俺が怒るぞ』

…までは、まあ許せる範囲だろう。

『カイカを捨てたら祟ってやる…』
『カイカ様を独り占めにしてズルイ』
『我らの潤いの天使を返せ』
『ムッツリスケベ』
『人で無し』
『死』
『愛v』
etc…

やら何やら…もはや、嫌がらせにしかなっていない短冊だ。もうすでに催しの主旨が何なのかわからない事になっていたりした…。
最後一枚はその場で破り捨て、テッドは笹を担いでエレベーターへと急いだ。





「ああ、それか。 いや何、願いが叶うっていうのなら願いを叶えてくれそうな当人の所に飾った方が効くんじゃないかってな。でまあ、希望者募ったら意外にこれが多くてそうなっちま…」
「主旨が違ってるだろうがッッ!!(怒)」

ブシブシッと矢を放ち、半袖半パンの国王を代表として撃沈させた。
ついでにその笹もその場に捨てて、ようやく気分が落ち着いて来たテッドだ。
「もうバレてるし;」とこそこそ隠れる元ガイエン騎士団員4人は見逃す事にして、部屋に戻りかけた…その時、ふいにこのまんじゅう船のリーダーカイカの姿が目に入った。

「…………」

別に話し掛けるつもりも、その必要もなかったが…珍しくも真剣な表情をしているのを見てしまい、異様に気になってしまった。

(…どうする…;)

背中に先程去って行ったはずの人数分の視線を感じる…。
その視線の意思と自分の好奇心の為に動けば、生暖かい視線に晒される事は確実だ。


「…話し掛けてあげてくれないなら、もう1度笹に短冊を飾りましょうか」
「…今度はそこらにいた希望者だけじゃなく、船内中に声をかけないとなぁ?」
「…そうだな…100枚くらい集まったら願いも叶いそうだし。」
「でもそうなったら、やっぱ困るだろうよね〜?」


…………何でこの船には、そんなにお節介な奴が多いんだッ!!…そう神経を苛立たせながらも、テッドはそれを収める為に溜息をついた。
別に嫌っている訳ではない(寧ろその反対の)相手に関わらないようにするのは、テッドにしても至難だというのに…いや、そうと解っていて、わざと強制する形で、テッドを後押ししているのかもしれない。

「…………」

黙って椅子に座るカイカの背後まで歩く。
(背後から聞こえる野次を無視しながら)手元を覗き込んでみると、どうやらカイカも短冊を書いているようで…

(………)





『まんじゅう。』





(…………オレはコイツに何を期待していたんだ…;)

自分の馬鹿さ加減に何だか嫌気がさしてしまった…。
別にさっきの短冊のような事を書いている期待をした訳ではないが、ないが………まあ………、
…頭を抱えてしまう。
(…戻るか;)
もう何か疲れてしまった為、テッドはくるりと踵を返し部屋に戻ろうとした、――その時、ふいに背中に何かが触れた感触がした。

「てっど。」

テッドの気配に気付いたカイカが、その背を掴んだ――触れたくらいの感触だったが――らしい。

「………」
「…」

それで振り向き、見つめ合う事しばし。…どちらから喋る訳でもなかった。

「…………」
「…」
「………それ、書いたのか;(負け)」
「…(こっくり)」

根負けしたテッドがそう尋ねるとカイカは自信満々(でも無表情)に頷いた。
しかしそれ以上何を会話する事もなく、テッドは立ち去ろうとするが、―――何故だかカイカも一緒について来た。
疑問を感じたのは一瞬で、理由は…その無表情にやる気が満ち満ちた顔を見て判断がつく。…が、まあ一応問い掛ける。

「どこに行くんだ?」
「まんじゅう屋に」

キリリっ!…最終決戦の時にもこんなやる気に満ちた表情はしないだろうなと、テッドは確信する。(もさもさ狩りの時にはしているが…)
短冊をまんじゅう屋に吊しに行く為、そしてテッドと歩きたかった為にカイカはついて来たのだ。

(…主旨から外れてる気がするのは気のせいか?)

後者の理由に気付きつつも、テッドは前者の理由の方に疑問ツッコミを入れたくあった。七夕という催しは本当にそんな行事だっただろうか…?
(………まあどうでもいいけどな、)
そう思いつつ階段とエレベーターの前まで来ると、当然のようにカイカは階段側に下りていこうとする。
しかし、ふいに立ち止まり…テッドの方を眺めていた。

「…」
「…何だよ?」

疲労感に負けそうになりながらも、出来る限り冷たい声で尋ねると――――カイカは、にこっと嬉しそうな顔で笑った。一瞬だけだが、
その視線は何故だかテッドの背中に注がれていて…そしてそれを深く意識する前に、カイカは素早く走って行ってしまった。
その行動は別に逃げた訳ではなく、用事を早く済ませ、テッドの所に訪れようとしている為の行動だとは今までの経験上解っていたが…

(…さすがにさっきの笑顔は読めないな、;)

疑問を感じたのは確かだったが、相手がたまに理解を越える生き物であるのだから仕方がないのかもしれない…。
溜息を付き、それでも一応カイカを部屋で待つ気持ちを整えた。…背中に短冊を張り付けられたテッドは、






「…いつ気付くと思う?」
「さあ…それは、」
「…勧めといて何だが、さすがにヤバイな…」
「からかう奴が絶対にいるだろうしな…;カイカがまさかなぁ」
「あんな告白短冊書くなんてね〜」
「驚きました、…恐らく短冊の主旨を理解していなかったのでしょうが」
「周りが周りだったしな;」
「それでも、あんな事書くなんてな(笑)」

「「「「『大好き』って」」」」


一同の笑い声が響く中、階下から怒声が響き渡って来た………。