「キリルさま、今日はクリスマスらしいですよ」
セネカの言葉に、キリルは首を傾げる。
「クリスマス?…って何?」
「お祝いをする日らしいですけど…」
「へぇ楽しい日なんだ」
キリルは数年間リハビリ生活を送った事により、時折常識がぽろりと抜け落ちている所があるが、今回のこの『クリスマス』とやらはその常識に含まれていない事だろう。
付き人2名も知らない所を見ると、どこか遠い異国の風習のようだ。
「はい。ですから、どうでしょう?私たちもやってみませんか?折角こんなに大人数なんですし…」
「そうだね――って、え?」
アンダルクの言葉に、キリルは素直に楽しそうだと頷く。…が、しかしその後に奇妙な声を上げて、躊躇うような色を見せた。
「どうかなさいましたか?」
「いや…あれ;」
具合でも悪いのかと再びセネカが声をかけると、キリルは首を横に振り―――ムンクな表情の元(&現)海上騎士団を指し示した。
「「!?;」」
「どうかしたの?」
キリルが声をかけると、4人は一様にして苦虫を噛み潰したような顔になった。
「く…クリスマスはなぁ…;」
「もうそんなになっちまってたのか…マズイな、派遣ギルドのせいで日にち感覚が馬鹿になってたな…;」
「カイカがねぇ…;」
「前はテッドがいましたからね…」
何が何だかわからなかったが、ふいに会話の中に人名が混ざった事は、仲間外れにされたキリルにもわかった。
「テッド?テッドって誰?」
単純な筈のその質問に、何故か一同は一瞬沈黙を漏らした。
そして周りにカイカがいない事を確認すると、隠す事ではないと口を開く。
「前にカイカが付き合ってたヤツだよ」
「前のクリスマスは一緒にやってたからな…」
「意外に辛く思うかもしれません…」
「よね…」
「…前の恋人…」
そんな人がいたんだ…とキリルは、純粋に驚きの表情を浮かべた。しかし、どうして別 れたのかと率直に聞ける程はキリルは純粋でも子供でもなかった。気にはなるのだが、一体どう尋ねたらいいのかわからない。
……が、聞かない内から彼等が話してくれた。
「でもあれ別れたっていうのか?」
「カイカ本人はそう言ってるみたいだけどな…期限付きの恋人だったって」
「でも何か訳があって離れたって事ミエミエだったよねえ? あたしらへの態度とかからも見ても。」
「訳がないなら許せない所でした、…カイカが納得していなかったならどっちにしても許せませんでしたけど…」
「それでも、テッドがカイカの為を思ってっていうのは間違いないよね?」
「だろうな〜アイツ自分が思う以上に顔に出るタイプだったし…」
「船を降りる時の動揺ぶりと態度の落差がまた凄かった…」
「あの時カイカはまだ海に落ちたまま行方不明になってましたからね…」
「むしろ今どうしてるのかが気になるな…アルドがついて行ったから、アルドと2人でクリスマスか?」
「…本人嫌がりそうな話題だな;」
ざわざわざわ。(脱線)
「嫌いじゃないのに別れるって…そんな事あるんだ?」
「みっ皆さん!;あんまりそんな泥沼な恋愛話をキリル様に聞かせないで下さいっ!!;」
そういう言葉はコルセリアの母に向けるべきだろうが、今この場の会話もまあなかなかややこしい話だった。
「まあとにかくそんな感じの理由で、クリスマスはちょっと…」
そう騎士団メンバーは言うが、キリルは逆の発想を口にした。
「カイカを元気付ける為に開いたらいいんじゃないかな…?」
「え?」
「だって辛い想い出は早く忘れた方がいいんじゃないかと思うから」
心の機微はそんな単純なものではないが、未だ純粋な心を持つ青年は、首を傾げてそう提案する。
「まあ確かにね…(カイカは忘れなさそうだけど…;)」
「そんな大袈裟な物ではなく、料理と飾りつけだけでもクリスマス風にするっていうのはどうですか?」
フォローをするように、付き人もそう言葉を足した。
…まあ何がどうあれ、クリスマスパーティーは開催される方向に持ち込まれたようだ。
「飾りつけか…それじゃあカイカにはちょっと出かけてもらわないとなぁ…」
「あ、ちょうど帰って来た――カイカ!」
「…?」
ジュエルからの呼び掛けに、カイカはゆっくりとキリル一行に近付き、何?と言うように瞳を瞬いてみせる。
「あのさっ買い物して来てくれる?」
「…(こっくり)」
「買ってくるのは…そうですね、それじゃあ甘いケーキを人数分お願いします」
チラリとキリルらに目配せをしてポーラ。
キリルは少し、元リーダーを使い走りにしていいのかな?と疑問を持ったようだが、本人らはまるで気にしていないようなので黙っていた。
「それじゃあキリル様、手分けして準備を始めましょうか」
「うん」
そうして、サプライズクリスマスパーティー(え?クリスマスってサプライズ?)が開催される運びとなった。
ある者はキャラバンの周りを飾りつけ、ある者は出し物を考え、またある者は今ある材料で料理を始め――としていたのだが、やはり料理は材料が不足する。
何人かが街に買い出しに行く事になり、その中の一人にキリルも立候補した。そして――…
「ええっと…メインディッシュ…」
キリルは首を傾げながら街中を歩いていた。
クリスマス初体験な彼は、何を用意していいのか、も一つ頭に浮かばず、もっぱらメモに頼っていた。そして、そのメモの中に『メインディッシュの肉』と書かれた品があり、それが何の肉だかわからなくなっていたのだ。
「肉…って魚肉じゃないよね…?魚ならいっぱいあったみたいだし…??」
では何かといえば、牛馬豚鳥兎…様々な候補があげられる。
この場合、買い物をしてきて欲しい肉は丸ごとのチキンであり、他のものではなかった。
大所帯の人数分を用意しなければならない為、わからないからといって何種類も買う訳にはいかない。
どうすれば…
そうキリルが悩んだ時、ちょうど騒がしいまでにクリスマスの話題を話している赤い服の少年らが通 りかかった――…
「あの、」
キリルは躊躇いなく話しかけ、何がメインディッシュの肉なのかを尋ねた―――
「…キリル様、遅いですね、何かあったんじゃ…!」
「大丈夫よセネカさん、そこの街までなんだし…」
「はあ…でも、万が一という事もありますしっ、」
「………」
「あ、ほら。あそこに見えているの」
調理をするセネカとフレアは、無言で動きを見せたヨーンの仕種で話題の主が帰って来たのがわかった。
大分量があったのか、キリルは手に大きな荷物を抱えている。
「ねえっそろそろカイカ帰ってきそうなんだけど大丈夫!?」
「あっ大変!こっちの準備は出来てるのだけど――」
「キリル様っ、ご苦労様でした」
「うん、あのさ。もう調理済みっていうのを買って来たんだけど、これで良かったかな?」
「やった!調度良い調度良い!」
「それじゃあすぐにここに出してくれる?」
「うん」
慌ただしくそう声をかけられたキリルは、――何を思ったか、袋を逆さにし、一気に皿の上にソレをぶち撒けた…。
そこに取り出された物は、肉厚のある棒状の物で、サイズは手の平程度…。
「これで良かった?」
「き、キリル様…コレは?;」
「え?豚足だけど…。 メインディッシュの肉、何なのかわからなかったから、そこら辺にいた人に聞いてコレって教えてもらったんだけど?」
(キリルさまっ騙されてます―――!;)
犯人。
「カナタっ何であんな嘘…!;」
「だってカイルさんッ汚れなき眼の少年を汚したいって!つい思っちゃったんですよー!!;(泣)」
「………ごめん」
「きっキリル様が悪いんじゃありません!わたしのメモの書き方が悪かったんですよ!!;」
「…でも、メインディッシュって書いてあったのに…」
「大丈夫っ大丈ー夫っ! もう一つのメインディッシュはちゃ〜んとカイカが買って来るから!;」
間違った買い物をしてきたという罪悪感で、キリルは落ち込んでいた…。そして一同はそれを慰める。
別に豚足が食べられないという訳でもない、…ただ、メインのチキンからのイメージが大分離れているだけで。
「あ!ほら、カイカ帰って来た!」
ジュエルが慌てて指し示した先には、カイカが揺らぐ事なく、自分の身長の2倍はある積み上げた箱を運ぶ姿があった。
「お疲れ様でした、カイカ。」
「…(ふるふる)」
「カイカー!カイカカイカ〜!!」
「、」
「ジュエル、どうかしたんですか?」
「や…ちょっと色々あってさ;…それより!キリル落ち込んでるから、ケーキ先に見せてあげてくれる?」
「?」
ジュエルの言葉に、カイカは「どうかしたの?」と言うように首を傾げ、それから首を縦に振った。
「カイカ、お帰り…」
「ただいま。…?」
大丈夫?とカイカは無表情ながらも、キリルを心配するように見つめた。それから荷物を地面 に置き、一番上の箱を手に取る。
「キリル様っ元気出して下さい;」
「カイカの買って来たケーキ見てさ!」
「うん…」
さすがに苦笑し、青年は箱の方にと視線を向け、それが開けられるのを待った。―――視線の先に現れた物は……。
「………」
「………」
「………カイカ、コレ…」
「『和風まんじゅうケーキ』(新発売)。」
カイカがそう宣言した箱の中身は、まるでシュークリームのようにピラミッド型に小さく詰まれたまんじゅうだった…。(おまけなのか、ついでにロウソクが1本付いている)
「カイカ…も、もしかしてコレ、全部…」
「『まんじゅうケーキ』。」
カイカは嬉しそうに(でも無表情)、頷いた。
それに対し、一同が思う事は…
(うわあ………;)
……と言う事しかなかった。
微妙な雰囲気のパーティーは、それでも何とか執り行われ、カイカはそれを喜んだと言う…。(唯一の救い)