「イルカ…」

 



「ああ?;」

…ある夜、唐突にカイカがそんな事を言って来た。



こしあん軍リーダーカイカ…そして一応期間限定お付き合い中であるテッド氏は、彼の恋人の余りの頭の足りなさに最近保護者と化しつつある…。
そしてまあ、そんな忙しい日常の中に先程の台詞だ。
テッドは首を傾げるばかりである。

「イルカ?;…て、あの海にいるっていうでっかい魚みたいなのか?」
「一緒に探さない?てっど。」
「…今からか?」

こっくり頷くカイカの手には、袋一杯のまんじゅうがあった…。行く気はまんまんらしい。
…そう言えば、イルカを釣り上げようと狙っているという噂があったような、なかったような…

「…」

ダメ?と無表情ながらも、縋るような視線で見られる………実はこの視線に弱かったりするテッドだ。
…確かに、この辺りならイルカもいない事はないだろう…そう自分に言い訳し、ぐっと詰まりながら、何事もないように頷く。

「また俺に頼るのか?;」
「うん。てっど、」

嬉しそう(無表情だが…)にカイカはテッドの服の裾を少し掴んで引っ付いた。…悪くはない気持ちだが、くすぐったい。
服を掴む手を引き剥がして、手を繋ぐ。

「…行くぞ」
「行く」


二人はそっと、まんじゅう船を抜け出し、緊急用の小型船で夜の海へと出掛けて行った…


「カイカ!どっちに漕いで…!あー!なんで俺より漕ぐの下手なんだよ!?海上騎士団だったんだろ!?」
「…(困っている)」


…静かにとはいかなかったが、




夜の海、
月夜の晩、
…涼しい夜風が、潮の匂いを乗せて流れる。



「…カイカ、何撒いてるんだ?」
「イワシ。撒き餌、」
「ふ〜ん…(サメが来るんじゃないのか?;)」

カイカが落ちそうな程身を乗り出してイワシを撒いている向かいに座り、テッドは息を吐いた。

「…落ちるぞ、」
「うん(大丈夫)」

もう巨大船は遠くに消え、正真正銘の二人きり。
空には満月より少し欠けた丸く黄色い月が出ていて、とてもいい雰囲気…のはずなのに、

「(…なんでこんなにムードがないんだか、)」

まんじゅうが一杯一杯に詰まった袋が、足元に転がっているのも問題の一つかもしれない。
一応何故か釣竿も仕掛けてあるのだが、特に釣りをする気分でもない。
やる事もなく、カイカを見つめていると、日に焼けた太腿が月の淡い光に照らされ、浮かび上がっていた。
自分よりもよく焼けた肌をしているが…

「(…焼けてない部分は俺より白いんだもんな、)」

…ついつい視線が尻の方に行ってしまう。
…慌てて我に返ったが。

「てっど?」
「…イルカ、来たか?;」
「来ないけど…」

じぃ〜…っと、無表情に何かを訴える視線。
それに気付いてテッドは自分の横を示した。

「カイカ、」
「?」
「…こっち、来いよ?」

…これくらいだったら、船のバランスは崩れないだろう。

 



肩と肩、体と体が触れる温かさで、いつの間にかカイカは眠ってしまっていた。…テッドの肩にもたれて、
こうなってしまったら、朝まで起きないだろう…。

「…ったく、」

潮風がカイカの髪を遊ぶ、…それを指先で整えて呟く。
「何でいきなりイルカなんだよ、コイツは…」
常々、よくわからない奴だとは思っていたが…今度の行動もまったくわからなかった。
一応恋人、
毎日一緒に過ごす、
毎日一緒に寝る、
短い期間だけに、大事に過ごして来ていた…

…で、イルカを探しにわざわざ夜の海に漕ぎ出して…

「あ。」

もしかして…いや、もしかしなくても…

「……て、…ど。」
「………」


結果の状況でなく、行動だけを考えたら…






…デートかよ、


起こさないように、胸で呟きながら、夜空を仰いだ…。

…一生のお願いだ、
後もう少しだけなんだ…
コイツの命を吸わないでくれよ…?

一生のお願いだ…








朝…
キラキラと波間が眩しい…

「…ん?」
「…(すーすー)」

…いつの間にか完璧に寝こけていた2人は、イルカなど見れた訳もなく…

「…オイ」
「…(くーくー)」
「コラ!;カイカ起きろ!!海図どこだっ!!?流されてるぞ!?」
「…(すー)」
「カイカッ!(怒)」





…またたきの手鏡は忘れて来ていた事もこの後に判明した。












終わる