『カナタ少年の反省劇又の名をイチハ少年のぶち切れ事件〜股に名前があるんですか?編〜』

 

これは、とある日の、同盟軍本拠地アイギス城にて起こった騒動の一部始終である。

……何故、こんな事になったのか。そもそもの発端は、一体何であったのか。

知的好奇心を満たしたくてウズウズしているという方、事の真相を知りたくて夜も眠れないという方、大いに結構。どうぞ、心行くままに欲求の満足を量 っていただきたい。

まず、主要な登場人物をここで紹介しておこうと思う。

元・同盟軍リーダーであり現・クロト国国主イチハ。年齢不詳であるが、外見年齢から判断して、少年である。牙双と呼ばれるトンファーを操り、始まりの紋章の片割れである《輝く盾の紋章》を右手に持つ、一〇八の星の一つである天魁星という宿命を背負った英雄。赤き旗を掲げ走る様は、まるで凝縮された突風の如く。馬を駆り戦場を駆け抜ける様は、まさに皆を先導する救世主の如し。 大地の色を宿した双眸で前方を常に睨む姿は、もはや敵すら魅了する力を灯す光そのもの。

だが、こんなありふれたありとあらゆる形容で彼を褒め称えようと、決して彼の本質は見えてはこず、そしてまたどんな言葉で飾り立てようと、決して彼に相応しい一語は見当たらない。

それが、「彼」――本編の主人公と呼ぶに相応しい人物である。

元・解放軍リーダーであり現在は放浪中の身であるユノ・マクドール。年齢不詳であるが、これも外見年齢から判断して、少年である。牙棍と呼ばれる棒を操り、二四の真の紋章である《ソウルイーター》を右手に持つ、一〇八の星の一つである天魁星という宿命を背負った英雄。過去の歴史を知る者はいても過去にあった出来事を詳細に知るものは今となっては数える程しかおらず、また一般 認識――赤月帝国を打ち破った英雄という他各地に伝わる数々の武勇伝以外の、彼自身についての見識は全くと言っていい程知れ渡ってはいない――程度の知識が広く世界に広まっているのみ。

けれど彼を表すにはたった一言で良い――「トランの英雄」。

そんな「彼」も、本編の主人公と呼ぶに相応しい人物であると言えよう。

もう一人、ここで出てくるのはオレンジドラゴン軍リーダーでありぼっちゃんラブ城という、下心丸だしの名前をもつ城の城主、カナタという少年だ。一応同盟軍リーダーという肩書きは持つものの、いつ仕事をしているのか不明の永遠の15歳☆と惜しみなく断言している少年は、趣味は闇討ち、彼の『マクドールさん』であるカイル=マクドール氏のストーキング行為という恐るべき物だが、本日も愉快犯な性質をそのまま垂れ流し、アイギス城へと遊びに来ていたのだが…。

その時の事を今ここで言い訳させてもらえるなら、その時にはユノ・マクドール氏もその場に居り、一緒に何かをして遊んでいるところだったのだ。別 名家捜しとも言うが、とにかくまあ…カナタだけの責任ではないということを追記させていただきたい。

時間は24時間程遡った、ある日の昼である。

 

 

 

ガシャン。

嫌〜な音がして、机の上から何かがどぼどぼと零れ落ちてくる。

「「あ。」」

口を開いたのは同時。気付いたのも同時。

しかし、それをやらかしたのは…

「…やっちゃいました(汗)」

「あ〜あ…」

カナタ少年オンリーであった。

「どうしましょうか?;」

「うーん……どうしようか?」

答えるユノの方も、自分でやらかしたことではないので、殆ど他人事だ。というか、モロに他人事だ。

「…証拠隠滅とか!;」

「でもこれ重要書類だよ」

「―――――なんで!重要書類その辺ホッポリだしとくんですかーーーっ!!(怒)」

逆切れを起こすカナタだ。

「とりあえず、書類救出です!!」

「無理でしょ」

そう…ユノの言う通り、インクは既に最深部まで染み込んでしまっており、救出など絶対に無理だろう。分厚い書類が縦に積まれている所に、真横からインク壺が倒れたのだ。勢いよく倒れたそれは、一番上からかかり、どんどんと真横からインクを染み込ませていき―――――…書類を全滅させたのだった。

「ああっ!!やっぱり書類隠滅しかないですーーーーっっ!!(汗)」

頭を抱えて悶絶するカナタだ。

「まぁ、方法がない訳でもないけど……」

そんなカナタの姿の隣でユノがポツリとそんな事を呟く。言い渋る理由でもあるのか、語尾は力が足りず途切れてしまっている。悪戯の際には常に先頭きって身を乗り出すユノの意外なまでの後ろ向き的声音に、

「な、何ですか?」

とどもりつつカナタが先を促すと、

「うーん……。とにかく、今はこの廃棄物の山をどうかする方が先決だからね―――――……」

 

「廃棄物の山?」

 

「うん。だって、そうだろう? インク塗れの書類なんて、今後役に立つ事なんて絶対に、」

続けて、はたと言葉を切ったユノ。

今まで話をしていた少年は、今彼の真横にいる。更に言えば、事件とも事故とも言えるこの状況を起こしたのも、今彼の真横にいる少年だ。「インク塗れの書類=廃棄物の山」という方程式が解らない筈がない。あえて聞きなおす必要がどこにある。

では、しかし、ならば、少年そっくりの、先程の、声は……――――――

「イチハ!?」

「どうしたんですか? そんなに大きな声出して……ユノさんらしくもない」

イチハことこの部屋の主・現アイギス城リーダーはちょうど部屋の入り口近くで扉に凭れてユノ達を眺める格好で立っていた。その距離僅か五メートル――だが、問題の書類は元々積まれていた机を挟んで入り口とは反対側へと落ちていたので――これを運が良いと言ってもいいのなら――丁度葉からは見えてはいないらしい。けれど、まだ証拠隠滅が済んでいない現場に彼が現れた事を思うと、これは運が悪いと言うべきなのかも知れないが。

「? どうしたんですか? あ、カナタさんも来てたんですか……」

首を傾げたイチハの表情が途端、露骨に曇ったのはさっそく問題の書類を目にしてしまったからではない。そうではなく、おそらく、けれどかなりの高確率の予想と言えるが、……イチハはこれからカナタが何かを起こすと今まだ思っているのだろう。

―――既に、何かやらかした後だとは微塵も思う事、なく。

「それで、何かあったんですか?」

首を傾げて、一歩近づく、そして、二歩目…これで、後4メートルだ。

「あーえーうーーー;あったようななかったような〜…」

「は?」

一応あったのだが、まだ気付いていないイチハは、何言ってるんですか?と怪訝な眼差しをカナタに注ぐ…。いつもならばべらべらと言いたい事ははっきりと、端的に、残酷に、言い、更にいらない事まではっきりと、端的に、残酷に、言う少年が挙動不審にどもっている…さすがに、嫌な予感をイチハは感じた。

「…何かあったんですか?」

さりげに、先程と声のトーンが変わった。多少低く、そして、色で表すならば黒く…。

「いえっ!全然何も変わった事はありませんよー!ただ、ユノさんとイチハさんのいない時にイチハさんの部屋で秘密探索…もとい遊んでただけですから!!ねっ!ユノさん!!――――って…」

いない。

すっかりもぬけの空になっている。

この部屋に残されているのは、カナタとイチハの二人だけだ。

自分には関係のない事、と判断したユノさんは、素早く撤退したのだった。

「に…」

「に??」

「逃げられましたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっ!!!!!(汗)」

思わず頭を抱えて、絶叫だ。

「というか、秘密探索って何ですか?(怒)」

それも正しい突っ込みである。

「……さっきから何か挙動不審ですけど、何かあるんですか?」

「あるようなないようなですけど、イチハさんはこっちに来ない方がいいですよ〜」

イチハの問い掛けに、わざわざカナタは、机の反対側、つまりは犯行現場に回ってそちらから手を振ってそんな事を言っている。

「…なんでですか?」

「今日はこっちの方角、イチハさん鬼門なんですよ〜。(汗)」

嘘臭い。

というか、体が妙に動いている。―――そう、言うなれば、足で何かを蹴り続けているような動きだ。

「…………?」

眉を顰めながら、カナタのセリフを無視して、イチハは机の方に歩み寄る。

 

3メートル

2メートル

1メートル

…0。

 

「「………」」

 

沈黙。

ただひたすらの、沈黙。

その後にあるのは、

……あるのは、

 

「……カナタさん、?」

「何ですか?」

「これは何ですか?」

という質問をタップリ暗に含んで――ニッコリ微笑むイチハと、「え? 何がですか?」と大いにとぼけまくった表情で――ニッコリ微笑み返すカナタ。

そのままの状態で、再び数秒間の沈黙。部屋内の影が深まったように見えたのは気の所為として置いておいて、やはりもう一度イチハの方から言葉が紡がれる。

「……。……カナタさん、?」

「……だから、何ですか?」

「とぼけてんじゃねぇよ」という凄みをタップリ含んで――ニッコリ微笑むイチハと、「何の事だか解りません」と更にとぼけまくった表情で――ニッコリ微笑み返すカナタ。

そのままの状態で、前よりも長い沈黙。外は曇り一つなく晴れているというのに、窓から太陽の強い日差しが注がれているというのに、より一層部屋内の影が濃くなったように思うのは気の所為――なんかでは絶対ありえない所まで来ている。確実に来ている。

このままでは単に時間の無駄だと漸く悟ったのか、このまま意味のないやり取りを続ける気力というか根気というかがついにプッツリ切れてしまったのか……ニッコリ微笑んだまま、イチハは静かに瞼を閉じた。口元には確かに爽やかな笑みと呼べるものがあって、頬にも確かに明るい笑みと呼べるものがあって、閉じられてはいるけれど、目元にも確かに優しげな笑みと呼べるものがあって。

けれど……

次に瞼が開かれた時、確かに笑みの質が変わっていたのも、また、隠しようのない事実であった。

「カナタさん」

まず、初めの一言。

「ここは、俺の国にある俺の城の中の、俺の部屋です」

初めの一言に続く、事実確認。

「そして、俺の部屋にある俺の机の上に置かれた書類、という事は、『城主(オレ)』が必ず目を通 さなくてはいけない超重要書類という事で、しかもインク側に置いていた書類は昨夜から今朝までかかって漸く処理を済ませたものばかりという事で、……ここまでは、解りますか?」

事実確認の後に続く、一気にまくしたてられた真実。

「『インクの傍に大事な書類を』云々と言いたいですか? でも元々この部屋は走り回ったり暴れ回ったり騒いだりする部屋じゃあない事ぐらいは知ってますよね? そんなに暴れたいなら後でたっぷりと訓練場を使わせてあげますよ? で、話を元に戻しますけど、今日は別 段訪問客もない予定だった筈ですけど――『城主(オレ)』に無断で『城主(オレ)』の部屋に忍び込んだ挙句、その大事な書類を理由はどうであれ、いわば不法廃棄した『国賊(あなた)』が、ここではどうなるかも、解りますか?」

真実の後に続いた大量の、……笑顔と共に述べるには、あまりにも恐ろしすぎる事実。

―――そして。

「カナタさん?」

ニッコリ。唇を持ち上げ、頬を緩め、笑っているが目は確かに少年を射ていた。

射て、全てを貫くような氷の視線をもってして、イチハは冷笑をカナタに向けつづけている。

先程の饒舌が嘘のように、イチハはもう一言も声を発する事はなく、 そして、カナタはどうしたかというと――――…

「…!;」

黙って逃げ出した。

が、

「…」  

黙って捕まった。

イチハが無言で、逃げるカナタの襟首をガッ!!と、掴んだのだ。

「………」

「………(汗)」

二人の間に、嫌な空気が満ちる…。とりあえず、イチハは脅すように(まあ、脅しているのだが、)カナタの顔を覗き込む。無論、スカーフは掴んだままだ。ギャグに逃げようとも、逃げられない雰囲気という物がある…。

「「………」」

じぃ。

サッ!

視線。

逸らす。

じぃ。

サッ!

視線。

逸らす。

じぃ。

サッ!

視線。

逸らす。

 

5分程それを続けた結果。

 

「ご、ごめんなさいです…(滝汗)」

 

ついにカナタは謝った。

日本の夜明けだ。敗北だ。

 

 

 

そうして、次の日…。

アイギス城に次なる訪れ人がやってきていた…。

闇色をした黒い髪と瞳、そこに宿るのは強い意志ではなく…困惑の色だ…。

そう、この人物、カイルは、一日カナタが帰って来なかった為に一応心配して捜索に来たのである。ちなみに、この「心配」は、カナタに向けられた物ではなく、カナタに害を及ぼされる人間に対しての「心配」である…。まあ、予感は当たっていたりしたのだ。

とにかく、カイルはカナタがアイギス城に遊びに行ったという事を聞いて、この城に訪れたのだった――――…。

そうして、最初にあった人物に質問をしたのだが…。

「あの…カナタしりませんか?;昨日から見かけないんですけど…」

「さあ?どこだろうね、」

怪しい笑みを零してユノはにっこりとそう呟いた。

その言葉にカイルはそうですか…と、納得し、ため息をつくのだったが……何やら、前の扉から騒がしい声が響いてくる。そう、ユノが中の人物が出てくるのを待っているように、背を向けて立っていた場所である。

気になったために、カイルは首を傾げて再び質問を口にする。

「………なんで部屋から悲鳴が……?;」

「………」

にっこりv 意味不明の笑顔でごまかされたカイルだ…。

その間も…

 

「ぎゃーーーーーーーーーーーっっっっっもう無理ですーーーーーーー!!!!!;」

「何か言いましたか?」

「日本の夜明けは近いですーーーーーーーー!!!!!(泣)」

「カナタさんの夜明けは遠いですよ」

「カイルさーーーーーーーーーーんっっっっっ!!!!!!!!!!!(泣)」

「ハンッ!(毒)」

 

というような声が響いてきている…。

――――――――聞き取れた声から、大体の事情はわかったカイルだった。

「「………」」

そうして、二人は一緒に笑み(カイルは引きつって)を浮かべると…

「…サンドイッチ、好きですか?;」

「嫌いじゃないよ?」

じゃあ…という訳で、二人は差し入れを作りに出かけ、その後その部屋の前で二人座っていたとかいなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

しかし…

「愛とか〜夢とか〜〜…サンドウィッチ〜〜〜…(壊)」

「カナタ!?;」  

ようやく解放されたカナタは、手作りサンドイッチを食べる段になってさえも、まだ壊れていたという…。

まあ、それは自業自得であり、また別の話である。

完!