鳥抹殺計画!!

 

 

「ユノさん、鳥…邪魔ですねよ…」

 

目の前のほほえましい光景を眺めてカナタは呟く…。

目の前ではイチハとカイルが楽しくティウのブラッシングをしていた…

そんなものがカナタにとって面白いはずがなかった…

そして、ユノと呼ばれた少年もまた…

「………カナタ君」

「………ユノさん」

互いを強く見合って、同時にコクリと頷いた。…何かの意志を確かめ合うかのように…。

 

「作戦その1です!」

言うや否や、まず先鋒にカナタが出撃した。

 

 

 

「こら、ティウ。動くなってば」

『キゥゥゥ…〜♪』

くすぐったいのか、気持ちが良いのか、ほどよく成長を果たしイチハ達とそう変わらない体格となったティウが身をよじりながら声を上げる。

それを見てカイルもクスクスと楽しげな微笑みを浮かべながらブラシを手入れしている…

そんな和やかな光景の中、いきなり奇声が上がった…

 

「とぇえーーー!!(怒)」

 

太陽の中から跳躍し、いきなりカナタが襲い掛かってきたのだ…。第一作戦はどうやら奇襲らしい………

「!」

鳥を目掛けての攻撃にカイルは、棍を振り上げ…

 

ごすう!

 

たたき落とした。

そしてそれをユノが回収して行く…

 

 

「やっぱり無理だったね、」

「ううっ(泣)カイルさ〜ん…」

解り切っていた結果なだけに、ユノはなんの感慨も浮かべていない…

「じゃあ作戦その2…の出番かな?」

にこり、と微笑むユノ――その手に、小さな皮袋を握っていた。

「カナタ君♪」

そしてそれを涙に濡れる少年の眼前に差し出す。

「次は頑張ってね?」

脅迫めいた微笑で、ユノはカナタの背を押したのだった。

 

 

『キュウウ〜』

ブラッシングも終わり、今は仲良くじゃれあっている二人と一羽。

「うわぁ…」

さすがに飛び付くような事はしないが(攻撃になってしまう)、ティウは己の巨体をカイルへ擦り寄せて懐いている。

何とも微笑ましい、穏やかな情景である。

『クゥゥ…――?』

しかし次の瞬間、安心し切ってペタンと垂れていた双耳が、何かの気配を察し、鋭く跳ねた。ピン…と先まで耳を立たせ、キョロキョロ辺りを見回している。

「ティウ? どうし――…っ!?」

傍から見ていたイチハも怪訝に感じた。

そして、ふと上を見た瞬間、 バラバラバラっ! 小さな豆粒大の何かが降ってきたのである。

 

「ふっふっふ…!」

 

謎の…というか、ばればれな含み笑いが宙から響いて来た…

「それは恐怖の毒餌!毒豆!通称ぽっぽっぽーはとぽっぽー♪豆が欲しいか!ほら、毒餌〜♪です!(長い)さあ!それを食べて地獄の苦しみを味わうがいいです!!」

 

 

 

 

「誰が言われてそんなの食べるの!(怒)」

「ていうか!さっきからなんですかっ!(怒)」

「クェエエ!(怒)」

降らされた毒豆を凧で飛んでいるカナタにぶつける一同…

作戦ミス以前の問題だ…。

 

 

 

「う゛う゛うう〜(泣)」

またもや、颯爽とユノに回収されたカナタ少年。部屋の角の床に伏して涙を流している。

「カナタ君、いくら何でもバラしちゃ駄目だろう?」

その傍には、正座の(お説教)体勢でユノがカナタの不手際を責めていた。――確かに、バラしたおかげで作戦は不成功に終わったが『毒入り』餌をカナタに手渡した(張本人)は誰だったか……?

「……仕方ない…作戦その3か」

真剣な?面持ちで、再三ユノの口からカナタへと『作戦その3』が言い渡された…。

 

 

「ふわふわ…v」

カイルはそう言いながら、ティウの柔らかな毛並みに顔を埋めていた。

ぽかぽかと暖かな日差しの中、二人と一匹は日なたごっこをしている…

「いい天気ですよね、」

「クゥウウ!」

うららかな昼に相応しい光景だ…。

そこへ…

 

ザアアアアア!

 

いきなり頭の上に水がかかった。

一瞬雨かと思ったが、それは次の瞬間に打ち消された…

 

「あははははは!思い知りましたか!!僕の怨みを!!水浸しで気持ち悪いぞ大作戦です!はあっ!;しまったです!カイルさんまで!!?」

 

ホースを構え、水を撒き散らしている少年は何事かを叫んでいたのだが、そこへティウの怒りの攻撃が炸裂した…

突風と共に水が煽られ、とどめとばかりに堅い羽が無数にカナタの体に突き刺さる…

何故か高い位置にいた少年はスローモーションのように落下した…

「カナタっ……(汗)」

さすがにカイルの顔色が変わる。

少年の身体は、見るも無残に鳥の羽根が無数に突き刺さったまま同時に生まれた風圧によって、城の屋上からこちらとは反対側へと落ちていったのだ。――陸側の反対、という事だから…

 

ドッポーン!

 

湖に、落ちた。

 

 

 

「へっくし!」

頭が痛くなる程大きなくしゃみをしてカナタは濡れた頭をタオルで拭った。

一応ユノに助けてもらったらしい。

「逆に水責めされちゃったね〜」

浮輪とロープを片付けながらユノは言った…。

「次は絶対行けますって!」

「ほんとに?」

「はい!すでに作戦は立ててあります!」

自信ありげに頷く少年…

そしてその少年の作戦とは…

その頃、幾度もの奇襲に場所を変えていた鳥一行。

少し賑やかな城内をとぼとぼと歩きながら、

「それにしても…カナタさん、一体何考えてるんでしょうか」

「……さぁ…」

『キゥゥ…』

二人と一匹は今まで繰り広げられた――全て失敗に終わっているものの――数々の奇襲に首を傾げるしかなかった。

勿論、彼らに思い当たる節は全く無い。しかし…

「……もしかして…、ただ単に構われたいだけかも……」

ぽつりと呟かれた遠慮がちな発言は、何よりも説得力を持っている。

「…という事は、排除したいのは俺とティウ…ですよね」

説得力あり過ぎの言葉をそのまま信じ、相手を考えれはおのずと答えは導かれる。

―――しかしそれは、もう一人の少年の事を、眼中に入れなければの話だった。

「そういえば…ユノさんがいない……」

正確には、姿を見ていない。今まで行われてきた襲撃に、見知った少年の顔は無かった。

…カナタ少年の単独?

いや、それにしては背後にどす黒い何かを感じてならない。

言うなれば、邪魔者(彼の場合、指すのはティウだろう)を排除しなおかつ実行犯のカナタをも陥れる――密かにそんな計画を立てていたとしても不思議は無い。

実際何を企んでいるのか…企んでいないかも知れないが姿を見せない彼を こそ、警戒した方が良いだろうと理解しているイチハは、

「カイルさん、もっと人の多い…そうだ、レストランに行きませんか?」

せめてもの抑止力を他人に求め、一人と一匹に視線を向けた。

「?うん…」

そしてそんなイチハの思惑を知ってか知らずか、カイルはあっさりと頷いた。

そして一行(ティウ含む)はレストランへ向かうこととなった…

しかし、それを木の影からみている者がいた!

 

「くぅっ…!僕のカイルさんとデートですかッ!僕のカイルさんとレストランでいちゃいちゃデート!?」

 

血の涙を流す程の叫びを漏らしているのは言わずと知れたカナタ少年だ。

「許すまじ!許しません!!僕のカイルさんを!!こうなったら早くレストランまで追い付いてとっとと「捨て身大作戦」(初志に戻る)で邪魔しますーーー!!!!!」

ごごごごごっ!と燃える少年は既に最初の目的を忘れている…。

そんなカナタの後ろでユノはごそごそと何かをとりつけている…そう、少年の背中に。

「…?;なんですか?」

さすがにカナタでも気付く。背後に何か火薬臭さを感じ、ユノを振り返って尋ねるのだが…その張本人はあっさりとこうのたまった。

「ん?また失敗されたら困るから、背中に爆弾しかけとこうと思って♪」

「な〜んだそうですか〜あっはっは〜☆」

…とりあえず、「捨て身大作戦」は決行される事となった…。

ちなみにユノの手に握られているスイッチのような物が何なのかは深く考えないようにしよう…

 

 

何も知らないカイル・イチハ・ティウの三人は少しざわついているレストランの、一番角のテーブルで漸く落ち着いた時間を過ごしているように見えた。

「とりあえず、せっかくレストランに来たんだし何か食べましょうか。ティウも(毒餌じゃなくて)何か食べたいだろ? あ、カイルさんは何にします?」

てきぱきとカイルにメニューを渡し、自分達はさっさと傍に来たウェイトレスに注文を済ませるイチハ。

こういう所でもさすがと言うか意外と言うか、元々のリーダー性を存分に発揮している。

とりあえず注文を終わらせると、料理が来るまで、(自分達の間に。周囲は騒がしい)静かな時間が流れる。

一息つく、とはまさにこの事を言うのだ。

『キュウウ……』

「…ん? お腹減ったのか、ティウ?」

『キゥゥ、キュウウウ』

「もう少し待ってような。今、ハイ・ヨーさんが急いで作ってくれてるから…―――」

「あの…違うって言ってるんじゃ……」

カイルがおずおず口を挟むと、ティウはぶんぶん頷いて、立ち上がった。

ティウの向けた視線の先に、カナタ(仮定)がいた。

何故仮定かというと、またまた突然に現れた少年は顔に、嫉妬とかかれた謎の仮面を付けていたからだ。

「か、カナタ…?;」

「カナタさん…?;」

かなり怪訝そうな視線を注ぐ2人と1匹だ。

「違います!僕は嫉妬の星です!嫉妬の星!(怒)」

ぶるぶると怒りに震えてそう宣言した…。

なんかもう色々とやばいだろう。

「という訳で!僕のカイルさんといちゃいちゃデートなど言語道断です!今こそ血祭りに上げてやります!!(怒)」

びしぃっと宣言したしつこいカナタに、ついにイチハがキレた。

「っいい加減に…!」

「イチハ君、;」

「…カイルさん?」

突然止めたカイルに、イチハは疑問を浮かべた表情で振り返る。

そこにはどうすればいいのかわからない…といったカイルの表情があった…。

「どうかし…」

「カナタの背中…っ」

背中?

…そこにはどうみても時限爆弾らしき物があった。

カナタの登場によって周囲十メートルは他の客が引いて、イチハ達を取り囲むように壁を作って見守っている。

その、相対する二人+一匹と一人。 カナタの背中にあやしげな物体がついているのに気付かない者はもはやいなかった。

「何でそんなもの付けてんですか!」

強く言いつつ、しかしイチハもじり…と後退る。唇が引きつり、こめかみに嫌な汗が流れるのが分かる――…何だか、とてもとても嫌な予感も……。

「と、とにかく、俺はいちゃいちゃデートなんかしてませんからっソレはさすがにこんな所で使ったら(俺が)ヤバいでしょ…」

「はっはっは!何片腹痛い事を言ってるんですか!今ここにこうしている事が立派な証拠ですよ!」

もはや、嫉妬を通り越して危ない感じになっているらしい…。

「それにっ!これはユノさんに取り付けられただけですよ!」

これ、と背中を示してカナタは言う。

生ける爆弾?

っていうか、特攻隊?と周囲の者達は嫌な汗を流して思った…。

「カナタ…;」

「いくらカイルさんが止めても無駄です!初志貫徹!鳥の命はいただきます!!」

チャキーン!とトンファーを構えて嫉妬の星は戦いの体勢になった。

何だかどさくさに紛れてイチハとティウ両方を攻撃射程圏内に入れたような気がするのだが、イチハもまた、毛を逆立てるティウの隣で、防御態勢を組んだ。

カナタの本気がありありと感じられたからであり、しかも、背中の不審物質に対する防御でもある。

―――一体どうなるんだっ、と恐いもの見たさで周囲十メートルの位置にいる人々の喉が一斉にゴクリ…と鳴った。

痛い程の緊迫感の中、 「とお―――っ!!」 先に飛んだのはカナタであった。

まるでロケット弾の如くジャンプで、一瞬にしてイチハ達の頭上に飛び上がる。

そして、

 

ボンっ!

 

膨らました紙風船を潰したような音が響いた。それと同時に、皆の頭上に白い謎の粒子が勢い良く舞い散る。

「うわ…!?」

かなり広範囲に飛んだソレに視界を遮られ、イチハは咄嗟に目を庇った。

もうもうと煙立つレストランで、ここにいた全ての人が悲鳴を上げて右往左往しているのが分かる。

傍にカイルとティウがいる事も感覚で分かるが……最後にカナタが宙を飛んだ姿を目撃したのを最後に、そろそろ落ちて来る筈のカナタは決して落ちては来なかった…。

どうやら、軽い爆風で力の方向が変わり、どこかに引っ掛かっているらしい。

その間も、もうもうと白い粉は辺りに散布されて行く…

「げほっげほ!;」

まさか、いくらなんでも毒じゃないだろうなっ?と思いながら一同は口元を押さえていたが、急に異変が起こった…

「!?」

いきなり視界が歪み、立っていられなくなったのだ。

それに…

「ね…眠い……;」

「〜〜〜っ…」

『キュウゥ…』

「てぃ…ティウ…」

かくっとイチハは力尽きる…

そして薄れゆく視界の中、確かに少年は見た。

そう、よく見慣れた人物がティウを運び出してゆくのを…

「うっ…ユ…さん……」

そして意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

まどろみの中、霧が次第に明けてゆく感覚を覚えながら、ハっと 飛び起きる。

「―――っティウ!」

最後に見た、ティウを連れ去るユノの後ろ姿――胸騒ぎと共にイチハは辺りをきょろきょろした。

白い霧のような「時限爆弾型・催眠弾」の姿はもうない。しかし、レストラン一帯はしし累々と床に俯せて倒れている人々で埋め尽くされていた。

どうやら、イチハがこの中で一番早く目覚めたらしい。

……が、どこを見渡してもティウの姿は見当たらなかった。

一体爆発があってから何時間経過したのか、それすらも知りようがないこの状況で、次にどうすれば良いのか…。

「ユノさん…!」

今おそらく一番ティウの傍にいるであろう人物の名を口にし、とりあえずここで倒れている人々は置いておくとして、イチハは一人屍の山から勢い良く立ち上がった―――

「呼んだ? イチハ、」

「ひぇっ!!?」

―――は、良いが、背後からポンと肩を叩かれ、情けない声を出してイチハは慌てて後ろを振り返る。

今から探そうとしていた人物が、まさしく今目の前にいるのである。

しかも、

「きゅ、」

ティウらしき物体を背後に従えて。

「ユ、ユノさん??」

一体何がどうなったのかわからずにイチハは?マークを頭上に大量に飛ばす。

ちなみにカイルはというと、まだ床に倒れており、それをカナタが頭に花を飾ったりして悪戯をしている…。(しかも背中が焦げていたりした…)

「???;」

夢だったという訳ではないらしい。

じゃあ…

「ユノさん?一体…」

どういう事なのかとイチハが問い掛けるとユノは…

「別にイチハが気にする事は何もないよ。ね、」

「きゅ、」

何故だかティウのようでなくでティウのような物体と仲良くなっている。

ふわふわのティウの羽毛をユノは何度か撫で、それからまた、

「カナタ君が鳥を暗殺しようとしてたのを、僕が助けただけでー」

ニッコリと言うその言葉に何だか嘘臭さがありありと感じられるのはイチハだけだろうか……。

いや、この場に他に意識のある者がいれば間違いなく同じ気持ちになっていた事だろう…。

しかし残念な事にまともな神経な者は起きてはいなかった。

「え?そーゆー話になってるんですか?ショックですね〜」

「ははは」

たいしてダメージを受けているようにはみえない感じにカナタはいう。

「それより…て、ティウ?」

「きゅ?」

天敵同士のようだった2人が仲良くなっている事がどうしても信じられずにイチハは呼び掛ける。

そろり…といつもと同じく頭の後ろを撫でる。ふわふわの羽毛は確かにティウのそれである。

が、指に触れた堅い突起。

―――…。……スイッチ?

「ティウに何改造施してんですかユノさん―――っ!」

咄嗟に思い浮かんだ、あくまで予測でしかない言葉を断定的に思わず叫んでしまった。

ユノにかかれば、この手の予測は九割方当たると無意識に知っているのだと推測出来る。

「え? 改造? そんな酷い事してないよ。ねぇ?」

「きゅ、」

「絶対嘘だろ!」

思わずツッコムイチハだが、当然の反応だと言っていいだろう…。

「ユノさんそんな事までしたんですか?せめてロボトミー手術くらいで…」

「変わんねえよっ!!」

「本物なのにねぇ?」

「きゅ」

「ユノさんッ!」

「きゅ」

「あー!ティウ〜〜〜〜っ!!;」

「きゅ」

もはや混乱は頂点に達した…。そろそろイチハもキレるであろう…。

きゅ、きゅ、と壊れたようにしか答えない愛鳥(?)のなれの果てを目の前に、本気でガックリと膝をつく。

怒りでか情けなさでか震える拳を地面につき、様々な思いと葛藤しているらしいイチハだが、ついに、とうとう、あれだけイチハを覆っていた感情の起伏と言うか感情の坩堝と化した渦が、次の瞬間、ピタリと誰にも感じられなくなった。

それが、一体何を意味するのか……。

「……。ユノさん」

意外にも冷静な声音。

イチハはうなだれた恰好のまま、愛鳥(?)の隣に佇む少年の名を呼んだ。

返事を待たずに、

「何かの冗談、ですよね? まさか本当に取り返しのつかない事になんて、ならないですよね? そうですよね? ユノさん?」

計四つの疑問符を使い、だが声の質は確定を望む半疑問形だ。

そして、答えは、

「…………………」

「何で何も答えないんですかっ!」

「それは……」

「勿論、治るんでしょう? こんな風にティウを変えたのがユノさんなら、元に戻す事もユノさんになら出来る筈でしょう?」

「イチハ……」

畳みかけるように返答を求めるイチハだが、一度として明瞭な発言が返ってくる事はない。

顔を上げると、そこには青白い顔を背けたまま辛そうに瞳を閉じるユノの姿。何かに絶望している風でもあり、直視したくない現実を眼前に突き付けられた風でもあり、……つまり、

「…嘘、だろ……」

「……………ごめん、イチハ…」

「ユノさ―――…!」

「さっき爆発したカナタ君の背中に計五枚にもわたる超難解数式記号付き治療法の紙束も一緒に張り付けちゃってたんだよね」

沈黙。

沈黙。

沈黙――そして、

「―――…今、何て?」

人間、理解し難い状況に直面すると、半笑いのように唇が歪むものである。

「うーん、どうしよっかねぇ〜。治療法の紙、カナタ君の所為で粉々になっちゃったみたいだし〜」

こちらは先程と打って変わったニッコリ笑顔。

その言葉と笑みに、イチハは呆けたような表情でただ涙を零し続ける。人間悲しくなると、ただ涙を零す事しか出来なくなるようだ…。

「っていうかいつの間にか全部僕のせいですか?」

カイルの服を何故か脱がせようとしている途中で手を止めてカナタは微妙な表情で呟いた。

というか、とてつもなく微妙な光景だ。きゅきゅ…と機械的に鳴き続ける鳥に泣き崩れている少年、そして会心の笑みを浮かべている人物に、眠り続けている者…を脱がそうとしている犯罪者。

「うっうっうっ…!ティウ〜〜〜っ…!!(泣)」

「きゅ…きゅ…」

相変わらずなティウを見るに見兼ねて、イチハはひっし!とティウを抱き締めた…。それを見てユノは表情も変えずに額に青筋を浮かべた。

 

そんな時、ようやく目を覚ました者があった…。

 

「ん……んん…?」

「あvカイルさんvvv」

ばちりと目を開いたカイルは、辺りの惨状を見て頬を微妙に引き攣らせた。

「カイルさん……ティウが…(泣)」

「?;」

 

かくかくしかじか…

 

話を聞いてカイルは、慌て、慰め、カナタを殴り(何かセクハラを働いたらしい)、ティウの様子に涙を浮かべ…それから、

「じゃあ…水の紋章で…;」

「あ。」

…と、提案をした。

何故今まで気付かなかったのだろう――ティウのこの状態を「ステータス異常」と呼ぶのであれば、確かに回復の見込みはある。…この状態をあくまでも「ステータス異常」と呼ぶのであれば、だが。

途端パァァ…と明るくなったイチハの表情が、しかしまた再び怪訝に曇る。

「ってか、水の紋章って…確かユノさんもつけてませんでした?」

サッ

左手を背後に回すユノ。

「………ん? 何か言った?」

そして、ニッコリ笑顔。

「……………」

絶対ワザとだ。イチハの困る顔が見たかったからなのかは知らないが――絶対ワザと今まで隠していたのだ。

はぁ…と一つ溜息を落として、イチハは、

「とりあえずはティウを治しましょう」

約2名程に、言いたい事が山程残されているのだが、ひとまずそれは置いておこう。

愛鳥(?)が万が一元に戻らなかった場合、確実に言うべき事が二乗するだろうから、余分な手間は今ここでは省いておこう。

「ユノさん…」

「わかってるよ、」

にこっと笑い、ユノは左手を掲げた。

…案外素直だった。

まだ壊れているティウに向き合うと紋章の詠唱に入る。それはほんの僅かな時間だけであり、ユノのレベルの高さがしれるであろう。

 

「−−−『母なる海』」

「『雷のあらし』!!」

 

「「………」」

しかし、瞬間に入って来た声に、呪文は『雷神』となって辺りを襲った…。しかもイチハとカイルと本人らは回復したが、ティウだけは省かれている…。(まだ攻撃されなかっただけマシ。)

「っ…!カナタさんッ!!何考えてるんですかッ!!(怒)」

「いえ、ただ単に雷鳴の紋章使いたくなっただけですよ〜♪」

「あるよね、そういう時って〜」

ぴーぴー♪と口笛を吹いて惚けるカナタに、共犯者(というか主犯?)なユノも同意するように頷く。

…素早く、カイルはカナタを棍で殴り倒すが、

「ユノさんっ!もう一度…!」

「あ、ごめんね?イチハ、もうさっきので使用回数なくなっちゃって、」

確信犯だッッ!!

「もういいですっ!俺が紋章宿して来ますからっ!!(怒)」

だっ!とダッシュをかけるイチハだ…。

 

ダダダー! と走り去るイチハの、次第に小さくなってゆく背中を眺めながら、

「ふふ…」

してやったりの笑みを浮かべたのは、ユノである。 背中に隠した左手には、実はまだレベル4の魔法がまだあと一回分残っている事実を、一体この場にいる何人が知っているだろう…ましてや、最後の一回分(ソウルイーターの方)を天敵の抹殺のに使う為にあえてイチハに「ない」と言ったなどと、知る者は本人を含めた約半数いれば良い方だろうか。

「ユ、ユノさん…?」

一応いたカイルは嫌な予感に身を硬直させる。…本能的に気付いた者の一人な様だ。

「ん?どうかした?」

「…?;いえ…、」

じりじりとティウを背後に庇いながら、後退してゆくカイル…。

それを見て、嫉妬に燃える少年がいた。無論カナタである。目の前で恋人(言い切れるかどうか不明)を他の者な取られて嬉しいはずがあるだろうか?いや、ない!

「…(怒)」

「………」

同じ思いに燃えた2人は、一瞬で目配せをし………

「………!;」

カイルは素早く逃げ出した。

 

恐るべく戦いが開始された…。

 

 

 

そしてこの後、紋章つけ終えたイチハは逃走中のカイルと合流し、強敵らとティウをかけての正義の戦いを繰り広げたとか広げなかったとかいう事だった…。

 

追伸。

一応ティウのメカ化は治ったが、前以上にユノとの仲は悪くなったという…。

 

 

オチなかった…(吐血)