「良い天気だから遠出しない?」

それは、トラン国英雄のこの一言から始まった…。

 

 

数時間後、同盟軍リーダー・イチハは爽やかに澄み切った空の下、青鹿毛馬に跨がっていた。 …以前ユノから譲り受けた純血統書付きの雌馬である。 穏やかな気性故、イチハとの相性はすこぶる良かった。

その少し前を行く、限りなく雪の色に近い芦毛馬を操るのは、ユノ=マクドール。

「…ユノさん、どこまで行くんですか?」

同盟軍本拠地アイギス城を抜け出してから、何度この質問を繰り返した事か。

しかし、その度に、「もう少しだから」 と、はぐらかされてばかりだった。

 

 

「む〜〜〜〜」

オレンジドラゴン軍本拠地ぼっちゃんラブ城では、退屈そうにうなる軍主様の姿が見えた。

「退屈ですね〜」

「………(汗)」

目の前には山積みとなった書類が山と積まれているのにも関わらず、この少年はまだそんな事をほざくのだ…。

隣に並ぶように座る、トランの英雄カイルは困ったような顔で見ている。しかし、いつもの事なので特に気にはしていないようでもあった…。

「――――はっ!」

突然、カナタは何かに感づくように立ち上がるとカイルをバッと見た。

「カイルさん行きましょう!」

「!?」

どこに?何しに?とも尋ねられぬまま、カイルは抱き抱えられ運ばれていってしまう……

 

城にはまた医務室に、胃痛患者が運ばれていったらしい。

 

 

 

「来ました。」

少年が言ってから暫くすると、遠くの方から土煙が見えた。

この辺りの土地は乾燥していて、砂埃が立ちやすいのだ。

「ユノさ〜ん!イチハさ〜ん♪こーにーちーわ〜!」

カナタは手を大きく振って、挨拶をする。

勘だけで来訪を感づくとはたいした本能だ…

目的地に気づいた瞬間、イチハの表情がサッと変わる。

「…ユノさん?」

ここまでユノが何も言わなかった理由が判って、ギロリ、と睨んだ。

しかし、ユノは気付かない振りをしている。

「こんにちは、二人とも元気そうだね」

馬上から、見下ろす形でカナタ、カイル両名との対面は果たされた。

「こんにちは」

カイルも頭を下げて礼をとる。イチハの様子が妙なのに気付き、多少心配げに少年を見ている。

「わ〜い♪今日は何して遊ぶんですか〜?」

楽しそうな顔で、カナタが尋ねた。

「天気良いし、このまま馬で遠出しようと思うんだけど…ね、イチハ」

拗ねている風のイチハの髪を、あやすようにすいて撫でた。

「…まぁ、カナタさん達も、一緒にどうですか?」

ユノを前に、観念したらしいイチハはボソボソと言葉を紡ぐ。 決して視線を合わそうとしないのは、照れているからなのか。

 

「遠乗り…!!」

 

ぴしゃ〜っ!とカナタのバックに雷が走る。

「カナタ?」

「カナタ君?」

「カナタさん?」

三人からの呼び掛けに、お蝶夫人と化していたカナタははっ!と意識を戻す。

「は?なんですか?」

不自然過ぎる行動に、カイルが首を傾げる。

「遠乗りって歩きでいいんですか?」

「それは遠乗りって言えないんじゃ…(汗)」

全てを悟ったユノ…ニヤリ、と唇の端を持ち上げる。

 

「…乗れないの、馬?」

 

「ふっ…」

カナタも笑みを漏らす。

 

「乗れません!」

 

胸をはって宣言した。

「…………………」

イチハは、呆れるような、また同情するような複雑な顔をする。

しかし、この表情の意味を知るのはまた後の事…。

「じゃあ、カナタ君。僕と二人乗りする?」

「あ…」

にっこり笑うユノの隣からイチハは何らか口を挟もうという動作をしたが、あっさりユノに防がれてしまった。

「ほら、行こう」

「ふぁ〜い…(汗)」

そう返事を返すと、取りあえず初心者向けの場所へ移動するため徒歩で目的地へと向かう。

カイルも馬がないという為、とりあえず牧場へだ。

 

 

広く柵が張り巡らされた牧場は、緑が多く目に優しい風景にみえた。

その中でカイルは楽しそうに、馬に鼻ずらを擦り付けられていた。案外人懐っこいようだ。

そしてカナタはというと…

 

「………(汗)」

「………ぶひひん、」

なぜだか馬と睨み合って(?)いた。

 

「……………」

ユノとイチハはすこし離れた位置から、その様子を眺めていた。

「…僕達もにらめっこしようか?」

「『も』、って何ですか…『も』って…」

そんな他愛ない会話も、カナタの周囲の、張り詰めた空気を和ませるモノにはならなかった。

「………(汗)」

「………ヒヒーン!」

睨み合った後、突然馬は遠くに走り出した。

「やった!勝ちました!!」

馬逃がしてどうするんだっつの。

主旨が代わってしまったようだ。

牧場の主もしばし渇いた笑みを浮かべていたが、ユノ達に全てを一任したのか他の用事に戻ってしまったようで、姿が見えなくなっていた…。

「カナタ君、他の馬連れてきてね」

皆の保護者と化したユノは変わらずマイペースに事を進めていく。

「はぁ〜い」

カナタはとりあえず返事をし、馬を狩りに走り去った。

数分後、哀れな生け贄一頭と共に、カナタは再び姿を見せた。

「じゃあまずは馬の左側に立ってね」

馬に乗れないカナタの為に、牧場内は今乗馬スクール状態になっている。 講師はもちろん、ユノだ。

「…で、左手に手綱とたて髪を握って。あ、間違ってもむしっちゃ駄目だよ?」

「OKです…」

カナタはかなりのスローモーションで騎乗する。

1、2、3。でなんとか馬の上いたと思われたが…

 

いきなり消え失せた。

 

「あれ?カナタ君?」

「ここですぅ〜…(汗)」

ちょうど乗った反対側に落ちていた…。

このあまりの早業はマジックとしか言いようがない。

 

ちなみにカイルは馬とそこらを散歩している。

「カイルさん、カイルさん」

ユノがカナタに付きっきりなので、一人あぶれてしまったイチハは馬を進ませカイルの後を追った。

「?」

カイルは振り返り、イチハを見る。 本当にただの散歩なのか、馬の上に鞍すら置いていない状態だ。

とりあえず、イチハが一人あぶれている状態にカイルも気付いたのか、小首を傾げてカイルは尋ねる。

「一緒に散歩す、る…?」

「はい」

元気な良い子のお返事だ。

カイルは返事を聞くと、イチハに合わせる為に馬に素早く飛び乗った。意味はないのだろうが、横乗りだ…。

ぱっかぽっこぱっかぽっこ…とでも聞こえて来そうな歩みは、至って平和であった…。

 

一方…

「う〜ん。」

思った以上に悪戦苦闘を強いられたユノが、思わず唸ってしまうくらいだ。

「…カナタ君、」

真剣な表情のユノ。カナタの目を覗き込むように見つめ、

「一人で馬に乗るのは諦めようか」

早々に切り捨てた…。

「そうですね〜…(泣)」

今は馬の腹の辺りに逆さまで捕まっている少年も呟いた…。

「それじゃあ、早速こっちに乗って」

ユノはカナタの二の腕を掴んで引き上げる。

「わかりました〜」

といってカナタは言われた通りにする。 足が地面から離れる感覚というのが、苦手なのか(乗馬にかぎり)いや〜な表情をしているカナタだ。 無論、落馬しかけるが、それを予測していたユノに食い止められた。

「……カナタさん、何しようとしてるんですかね…」

遠くから二人の様子をジッと眺めていたイチハは、呟かずにはいられなかった。

「…さぁ……」

カイルも思わずイチハと同じ方向に釘付けである。

その理由は…―――

 

「カナタ君、どっち行こうとしてるの?」

さすがユノはカナタの奇行にも、ただ笑って済ましたが。

カナタは、ユノと向かい合って馬に跨がっていた…。

「……………ちょっとミステイクです…。(汗)」

う〜ん?とカナタは唸りつつ呟いた… ともかく、体勢を何とかするのが大変だった。馬は嫌がる、落ちかかる、抱き着きのハプニングは起こる…。

 

 

「じゃ、行こうか」

「はいです…(汗)」

既に魂の抜けかけたカナタは、そう返事をするので精一杯だ。

「はい、出発。」

「!?」

 

 

その時起こったことを… カナタは生涯忘れる事はなかったという………。

 

 

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

本来下に向かう筈の重力が、横から来た。

一体何が起こったのか…思考の範疇を既に越えていて、カナタは目を見開いてはいたが、ただされるがままだった。

顔が痛い…どころでははない。 前からつぶてのように襲いかかるのは風だろうか…嵐の中を走る事すら、今のこの状態よりは幾分マシだったろうと思う。

「はっ!!」

掛け声と共に、ユノは馬の腹を蹴る。 慣れているのか、痛がるどころか答えるように馬も「ヒヒーン」と鳴いた。

 

…ユノは、スピード狂であった……。

 

も〜〜〜〜〜〜

へ〜〜〜〜〜〜〜

は〜〜〜〜〜〜〜〜!?

 

…と。

謎な絶叫がドップラー効果で、辺り一面の草原に響き渡っていった………………。

 

 

「………」

「………」

沈黙。

先に口を開いたのはカイルの方だった。

「散歩、しようか…?」

「はい…」

イチハは、気の毒に思いながらも、その平和的案に深く頷いた…。

ぱっかぽっくぱっかぽっく… 平和な音が響く………

 

暫くして、その平和を乱さんばかりの砂塵が、今度はイチハ達の方にきた。

「っ!!?(汗)」

驚いて足を止めると、砂塵は眼前三十センチの所で止まる。

そこには、ぐったりした様子でピクリとも動かない一人の少年と、実に生き生きとした少年が、いた…。

背筋に嫌な汗が伝うのが解った…。

そして、目の前の少年は………

 

「やvおもしろかった!」

 

と、きらめいておっしゃった…。

ぷかっと、気絶中のカナタから魂がでる。

 

 

 

 

 

 

〜数日後〜

「もう絶対やりませーーーん!!馬なんかに乗れなくてもいいんですー!!!!!」

ぎゃ〜す!とばかりに絶叫している少年だ…。

カイルは困った顔で説得を試みるが…

「でも、乗れないと…」

「カイルさんの頼みでもヤですー!(泣)」

無駄だった。

結局、何ヶ月かは馬さえ見ようとしなかったという事だ…

 

 

エンド。