「健康診断?」
「ええ、以前カナタさん自身がお決めになられたでしょう?」
ホウアンがおっとりと、まさに小児科の先生といった様子で頷いた。
「――――――そう言えば、そんな事も企画しましたね〜。」
カナタも天井に視線を向け、何とかその事を思いだそうとした。
そう、暇つぶし程度に、城内の人間全員に定期的な健康診断を義務付けたカナタであったりする。…大抵、暇つぶしで思い付いた事は、本人は忘れきっていたりするのだが…。
「そうなんですよ、」
「こんな時に何ですケド、今日けんこー診断なんですか?」
…――――カナタは今、執務室に座らされてお仕事の真っ最中だ。
ちなみに、部屋の端にはカイルと、―――後一人、カイカもいる。…どうしても仕事をしない少年に、一番の監督役を付けて、強制的執務をさせているのだ。(カイカはついでで寝ているだけである。)
それはともかく。
カナタの言葉に、ホウアンは何故か言葉を濁した。
「健康診断と言いますか…―――――予防接種の日なんですよ、」
予防接種=注射。
………辺りがピキンと凍り付いた。
以前にも、少年は注射と言う治療に、難色を示し、思う存分、力一杯、命の限り暴れまわったのである。そして、それに巻き込まれるのはカイルな訳で―――――…
…静まり返った部屋の中、ただカイカの幸せそうな寝息だけが、場違いに響く…
しかし――――意外にもそれを破ったのは、カナタだった。
「………ふっ……どんとこいです!」
「え!?」
「本当に大丈夫ですか?」
驚くカイルと、確認を取るホウアンだ。
「僕も今や、一児の子持ち…情けない姿は見せられませんねっ!!」
「カナタ;だから、カイカさん年上…」
すっかり子供扱いしている少年だったりする。確かに、中身も外身も年上だが、知性の方がどうも年下で………(しかし、カナタも精神年齢は低い。)
まあ何はともあれ、
「じゃあ素直に医務室に来て下さるんですね、」
「当然ですよー♪あっはっはー☆」
手をふって陽気にカナタは言った。
ほっ、とカイルが一息付き、椅子に丸まって寝ているカイカを見た。…確実に、カイカも予防摂取を受けさせられるだろう。
寝ている内にやってしまった方がいいのかなぁ…とカイルが悩んでいたその時、
「じゃあちょっと用事に行って来ますねー♪」
パタム。………トン、トン、トントントン…―――ズドドッドッドドドドドドドドドド!!!!!!!!
…物凄い足音が扉の向こうで響き始めた…。
――――まさか?
「カナタ!?」
カイルが慌ててドアを開け、外に顔を出すと…すっかりカナタの姿は遥か彼方の事となっていた…。
そして、本人が言う事には、
「やなんですーーーー!!痛いものは痛いんですよーーーーーー!!!!!(怒)」
つまりは、
逃げた。(しかもちょっと頭を使って)
「お願いですから、大人しく予防接種を受けて下さい、でないと他の子達も怖がるんですから――――…」
「ヤなもんは嫌なんです!」
「カナタ!;」
迷言を残したカナタを慌てて追い掛けつつ、鬼ごっこが始まった…
―――――残されたカイカは…
「…」
部屋に誰もいなくなった時点で、パチッと目を覚まして…
「…」
寂しくなったのか、単にする事が無かったのか、後を追い掛けた。
「カナタ!落ち着いて!!;」
「ヤですーー!!異物が身体の中に入って、肉に穴がうたがれるんですよー!?!?!?」
「カナタさん、そんな不用意事を言われると、子供達が怖がるので…」
「傷口から感染症がーーーーッッ!!」
失礼な事を言っている少年は、投網で捕獲されながらも、猛烈に暴れている所だった…。
そして、それを見て城中の子供達が怯えてしまっている…。そう、リーダーの捕れたてピチピチマグロのような暴れっぷりに、恐怖が感染していっているのだ…。はた迷惑な事に…
とにかく、網の上から更に、ロープを巻き、カイルが自らカナタを押さえている(抱きつくような体勢)事で、なんとか暴走を収まりつつあるが――――既にもう見ていた子供らは、注射への恐怖を植え付けられてしまっている…。
「この際、痛いですが、手の甲に打ちましょう」
「ギャーーー!!;暴れませんからせめて痛くないとこ―――――…ぎゃああああああああああああ!!!!!;」
っぶっすー!と注射が刺さると同時に、カナタから断末魔の悲鳴が上がった…。
マンドラゴラを引き抜いた時の声というか、鶏を絞めた時の声というか…とにかく、そこまで声を上げなくとも…という程の悲鳴だった。
「…(恐怖)」
…そして、それを見てしまったカイカ…。
「カイルさんー!痛いですーーー!!痛いですよーーーー!?ホンキで痛いですよーーーーっっ!!?」
「うん…;」
力説されても困るカイルだ。
というか、条件反射で痛がっているだけで、実際の所ホウアンの腕なのだから、耐えようと思えば耐えられるはずの痛みである。…しかし、そんなもの、本人にしかわからない。
甘えてもがくカナタから離れ、ホウアンが立ち上がると、ふと傍にカイカが立っていた…。
「ああ、ちょうどよかったです…予防接種を―――」
「…」
チャキッ…
無表情。
無表情…しかし、恐怖のオーラをまき散らした表情で、カイカは腰の双剣をキレイに抜き放った。
「…!!!!!!!(パニック)」
一閃!!
シュバァーーーー!!!!!
かなりの混乱具合から、誰にも当たらなかったが、その威力は凄まじい物だった…当たった壁が、パラパラと破片をまき散らしている。
「ひーーー!!!;殺傷能力高過ぎですーー!!;」
そう、棍とトンファーならまだしも、刃物故に、シャレにならないのだ。
しかし、カナタのツッコミの声も聞こえないのか、注射をされるのが嫌なカイカはパニック状態のまま、延々と技を振るう…。―――――まさに、地獄絵図だ。
辺りのメンバー達は、この軍のリーダーがいつも何らかの騒動を巻き起こすので、逃げる事に関してはSランクになっていた。逃げる者はにげ、逃げられない者は、素早く遮蔽物の後ろに隠れた。
そして、拘束をされていて身動きが取れないカナタは、床に身を伏せる事で難を逃れ、もちろんカイルもその横に伏せていた。
「どうしましょうねー;僕注射打ったばっかりですから、激しい運動は出来ませんし。;」
「でも、とにかく止めないと…;」
「ですね〜;…近い内に、紋章まで使いだしそうですし…」
「!!!!!」
カイカはもう、自分でも何故暴れているのか、わからない程にパニックを起こしていた。
「「………」」
思わず、どうしようか悩む二人だ。
「…そして、更なる問題は、注射の恐怖を対象として捉えたカイカさんに、どうやって予防接種を受けてもらうかですね…;」
「誰のせいだと思ってるの…?;」
「…えへ☆」
少しのほほんとした会話を行う。
…しかし、そんな事をしている間にもカイカは左手を掲げており――――
「ギャーーーーー!!;(※紋章の悲鳴に非ズ。)こうなったら相殺効果を期待ですーーーー!!;」
「え?;(いいのかな…)」
…ソウルイーターで、吸えと?
カナタに対して使うのと、カイカに使うのとでは、やはり少し抵抗がある…。
しかし、考える暇は無かった。
…何せもう、相手は紋章を発動させかけているのだから…。
「カイカさんーーーっっ!;暴れるのやめて下さいーーーーー!!;」
ズゴゴゴゴゴゴ;
…一応騒動は終結したが、ぱったりとカイカはその場に倒れ込んでしまっていた。―――ただ単に、疲れて寝ているだけで、カイルが吸い過ぎたとか、寿命が縮まったとかそういう事ではない。
「収まりましたねー;」
「うん…なんとか…;」
「じゃあ部屋に運こんどきましょー;あ、カイルさん。寝てる内に注射打っちゃいましょう!」
「え;…うん…」
よいしょー!と、カナタは背中にカイカを背負い(足が床に引きずられている…)、部屋へと移動していた。
…カナタは、引きずりながら考えていた。
(――――…でも、何かカイカさんちょっと嬉しそうでしたよね〜…?)
倒れる瞬間、正気に戻ったらしいカイカは、―――…一瞬、これまでに見せた事のない、キレイな笑顔を見せた気がした。
(…なん、でしょうね?…嫌な予感がします。)
こういった予感は外れた事がない、カナタは溜息をバレないように、ふ、と付いた…。
「……〜…」
「カナタ、カイカさん起きたみたい…」
「え?」
寝ぼけているのか、カイカはぼぅっ…とした瞳のまま、左手だけが何かを探すようにぱたぱたと動いた。
「?」
「…」
そして、カイルの右手を掴むと、満足したように、また眠りに付く。
(ううっ…;ちょっとジェラシーですーーーっ…!!)
声に出さずに、そう心中で叫びながら、ふとカナタは疑問を感じた。
(…そう言えば、手…繋ぐの癖ですかね…?)
それに、カイカはよくカイルの右側にいるような気がする…
手で思いだすのは、やはりそこに宿る紋章の事で――――…
「…てっど」
「………」
「あ、」
ぽつりと漏れた、寝言が――――
水面に落ちた小石のように波紋をたて…
何かが壊れる気がした…