防人の歌

 

 

「カイルさん?」

 

尋ねても答えは返らない。

心地よい風に身体を預け、右手の甲をぼんやりと眺めている

 

こんな時のカイルは、昔を思い出しているとカナタは知っていた。

 

死んでいった人々

      親友

      父親

 

「……………」

ただ自分の事を忘れられるのがイヤだった。

だから、少年は何気なしに言ったのだ…

 

「僕がもし死んだら、僕の事も考えてくれますか?」

 

「っ!!」

 

 

一一一パンッ

 

乾いた音が穏やかな景色のなかに響き渡った。

 

 

 

 

「うっうっうっ…」

カナタは本拠地に一人で帰ってきて以来泣きっぱなしだ。

頬には鮮やかに真っ赤な手形がついていた。

 

「ねえ、ねえ!カナタどうしたのっ?お姉ちゃんが力になるから!!」

「………え〜んっ〜〜〜っ」

一瞬動きを止めたカナタだったが、また泣き出した。

 

いっこうに要領を得ない会話を打ち切り、ナナミは意を決して部屋の外へ飛び出す。

そして、酒場へと走り出した

 

「フリックさ〜んッ!!ビクトールさ〜んっ!!カナタが大変なのーーッッ!!」

ドカベキッ、ドゴオッ

様々な障害物を吹っ飛ばし、ナナミがやってくる。

「なっ、なんだいったい…?」

 

 

 

 

一一一叩いてしまった…

まだ子供なのに、

意味も解らずに言っただけなのに…

 

自分の手をじっと見つめる

「一一一っでも…」

 

それでもイヤだった

カナタが…テッドや父のように冷たい、ただの肉塊になる事が 、

 

一一一一一一怖かった。

 

 

 

眠れる気分ではなくなり、シーツを羽織り下の階へとカイルは向かう

冷えた空気が辺りに満ちていた。

 

一一一一誰か居る…

 

扉の向こうに人の気配を感じた

それも、カイルがよく知っている気配だった…

 

少し躊躇った後、かイルは扉に手を伸ばした

 

キイッ…

 

「カナタ…」

「カ、イルさん」

予想通りに、そこにはカナタが立っていた。

 

「カゼ…引くよ、」

カナタは黙ったまま立ち尽くしていた。

 

 

 

黙ったまま立ち尽くすのも気まずいので、部屋へと移動したのだが

部屋中には重い空気が漂っていた。

「あの…すみませんでした」

先に口を開いたのはカナタだった。

その目は泣き腫らし真っ赤になっていた。

カナタの言葉にカイルは顔をあげる

「あんな事言っちゃって…」

「………カナタが、」

ぽつりとカイルが話し出す

「カナタが死んじゃうのは…」

「え?」

「イヤだったんだ………」

 

ぽたん

 

足下に小さなシミができる

それが一つ二つと広がっていった。

「カイルさん?」

「イヤ一一なんだ…」

瞳から涙が溢れる

「一一一一一一一一一っごめんなさい…」

 

涙を覆い隠そうとするかのように、カナタは目の前の傷ついた英雄と呼ばれた少年を抱きすくめていた

頬を伝う涙を唇でかすめ取る

「…言ってみただけなんですっ僕は絶対いなくなったりしませんからッッ…」

だからキライにならないで下さい…と力なく呟く

「…カナタ」

カイルの手の平がカナタの頬に触れる

「叩いてごめんね…」

 

 

どちらからともなく、ゆっくりと影が重なっていった。

 

 

 

 

 

「坊ちゃん、朝ですよ……」

いつも通りに幼いままの主人を起こしに来たグレミオだったが…

 

「…おやおや、」

 

微笑ましい光景に笑みをこぼし、ずれた毛布をかけ直してやる

 

 

「ん…」

「すーすー」

 

寄り添って眠る子供が2人…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、カイルと2人して帰ってきたカナタが見た物は、

『これで又一つ大人になったねvフラレ記念パーティー』なる、宴会だった。

 

                                             終える