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コンコン―――ガチャッ

「っんんぐぅ?!」

奇妙な声が出た。
驚きの余り、食べていた焼き菓子を飲み込んでしまったからだ。
珍しい事もあるもんだ。
いつもノックをしろだの、入室許可が出てから入ってこいだのと俺に口うるさく言う張本人が、ノックもそこそこにずかずかと俺の自室に入ってきたんだから、ただ事じゃない。
ただ事じゃないとはわかってんだけど…ぐ、ぐるじぃ…。
ソファーに寝転がり、菓子を咽に詰まらせて苦しんでいた俺の姿に片眉をやや上げたものの何も言わず、すぐにいつもの無表情に戻る。
そして、漸く落ち着いた俺が口を開く前に聞き逃しそうになる程の早口で言った。

「いいか、一度しか言わないからよく聞け。明日、何も言わずに正装をして自宅に待機していろ。先のパーティーに出席した折りの格好、将軍としての正装だ。きちんと用意しておけ。頭から爪の先まで、だ。勿論、剣は持ってこい。但し装備はするな。飽くまで用意するだけに留めておけ。それ以外に余計なものは持ってくるな。解ってはいると思うが遊びに行くのではない。あぁ、馬も用意しなくて良い。馬車で移動するからな。正午過ぎに迎えに行く。それまでに用意が出来ていなければ今まで私の部屋で壊した物の弁償、及び仕事の尻拭いの代償をきっちり払ってもらう。何、心配するな。休暇届けはもう既に出しておいた。尚、質問等は一切受け付けん。いいな、解ったな。」

完っ全っ、目が据わってる、こえぇ…。
何、何、何なんだよ?
俺、何かしたか?! …駄目だ、思い当たる節が多すぎてわかんねぇ…。
みょ〜に冷静な頭の端っこで脳みそをフル回転させてそんな事を思いながらも、気がつけば俺は激しく縦に首を振っていた。
というか、頷く以外に選択の余地はない事を本能的に悟っていたから。

 

 

 

 

 

「貴方がシード将軍ですね。」

俺と同じく正装をしたクルガンに連れてこられた場所は、ハイランド皇都から西へ六時間も馬車を走らせた所にあるでかい屋敷だった。
俺達を迎えてくれたのは、見方によっては少女にも見れそうな二十代前半(と思われる)の小柄で美人な女性だった。 にっこりと微笑む姿はまるで女神様。
はぁー…、きっれーだなぁー、美人さんだなぁー。
瞳の色は淡青で、綺麗に纏められた髪は柔らかそうな銀髪…って、もしかしてせんでもクルガンの妹か?
あー、そーいやぁこいつの家族の話しって聞いた事なかったっけ?
そんな事を思いつつも彼女には真顔できちんと挨拶をする。
将軍はだてじゃねーぜ!

「そうです。初めまして、えっと…」

名前がわからない事に気付き、詰まってしまった俺に彼女はにこやかに笑って言った。

「リゼシカですわ、シード将軍。」

言葉に詰まった俺に微笑んで名乗ってくれるリゼシカちゃん。
見た目の通り、兄貴と違って優しいなぁ〜。
きらりと左薬指に光る指輪が目に入る。
あらま、既婚者か。

「…ミセス.リゼシカ、お会い出来て光栄です。」

俺の拙い挨拶に嫌な顔一つせず、にっこりとしてくれる。
くぅ〜、カワイイぜ〜。
既婚者とは…ほんっと、おしいぜ〜!
んな、しょーもない事を思いつつヘラッと笑う俺。
そして、次に少しだけ目を細めたリゼシカちゃんの視線がクルガンへと向く。
不思議な目。
なんか…兄貴を見るって感じじゃないような…なんとなく不思議な目。
そんな直感的なちょっとした疑問を感じつつ、取り敢えず様子を伺う。

「お久しぶりね、クルガン。お帰りなさい。」

んあ?
呼び捨て?
という事はクルガンより目上か年上…って事か。
うーん、クルガンの態度からして目上って事はなさそうだろうから…年上?
て事は姉貴?
まぢかよ、すっげぇ童顔だなぁ。
あー、そらぁ兄貴を見る目とは違うわ。
驚きつつも納得し、からかいの視線をちらりと隣に立つクルガンを見た。
だが、奴は憮然とした表情で衝撃の一言を紡いだ。

「お久しぶりです、母上。」

………………………………………………………………………………………………………………は?
今、こいつなんつった?
俺の耳、詰まってんのかな?
なんだって? 誰が誰の母親だって?
…いや、んなわけないないない、有り得ない。
やだ、認めない。
…ははぁ〜ん、空耳だ。
そ・ら・み・み。
うん、そうに違いない。
たっぷり間を置いた後、そう結論付けた俺の耳に二人の会話が入ってくる。

「よく戻られました。お元気そうで何より。この母は嬉しく思いますよ。」

あああああああぁぁぁぁぁ………空耳じゃなかったああぁぁぁーーー!
いっそ知りたくなかったあぁぁ………。
そのプリティエンジェルスマイルでクルガンの母を名乗らないでくれー!
それは若作りの範疇超えてるだろっ!
つーか、その外見でいくつですか?!
頭を抱え、絶叫したくなるのをぎりぎりのところで押さえ込み、俺は笑顔を張り付かせて凍り付いた。
そんな俺の心中を知ってか知らずか、脇に控えていた皺くちゃでヨボヨボの執事らしい爺さんが、ご案内致しますと言って歩き出した。
ああ、この爺さん、案内してる途中でぽっくりいかねーだろうなぁ…。
混乱ついでに余計な事まで心配しながら、重い足を何とか前に踏み出した。

 

 

 

 

 

あぁ…頭ん中がぐわーんぐわーんって鳴ってる。
頭、かわいそう。
俺のちょっぴり足りない頭から辛うじて絞り出した義理の母親説は、こっそり聞いたクルガン本人に無惨にもあっさりと否定されてショック二倍。
ありえねぇ…。
実母だなんて絶対ありえねぇーーー!
てか、俺は何の為にここにいるんだ?!
何で正装してんだ?!
何でだっ?!
誰か教えてくれっ!!
いやぁ〜〜〜な予感がすんのは、気のせいだよな?
悶々とする俺。
その背中をクルガンが押し、執事に着いて行く。
着いた先は豪勢な部屋で、中央の細長いテーブルの上座に、すっげぇしかめっ面の男が一人座ってる。
………これはわかる。
うん、クルガンの親父だろっ。
だって、すっっげーそっくり。
くりそつ。
顔の作りだとか、しかめっ面だとか…。
違うのは髪や瞳の色だけってくらいにそっくり。
つーか、本当ならここでこの親父さんの顔を見てびびるんだろう筈が、ホッとしてる。
ホッとしてるよ…、俺。
世の理不尽さを感じ、悲しく思う。
とにかく、少し(いや、かなり)トリップしながらも挨拶を済ませて俺達は着席した。
そのタイミングを見計らってメイド達がグラスにワインを注いだ。
これから何があるんだろ…。
何事もなくなんて事はないんだろうなー。
あ〜、強靭だと思って疑わなかった俺の胃が痛い。
痛いぃ…。
帰りてぇ…。
ひくつく頬の筋肉を無理矢理押さえて笑顔で乾杯をし、ワインを一口飲んだ。
途端に暖かいものが胸の辺りに広がる。
ん、うまい!
すっきりというか、爽やかというか…何とも言えないうまさがたまらない。
やっぱし来てよかったかも。
ワイン一つで機嫌が治る俺って…単純?
いやいや、酒の力ってのはやっぱ偉大だよなー。
なんて事を思いながらワインを楽しんでいると料理も運ばれて来た。
見た目も味も一級品。
あー、幸せー。
そうやって幸せ気分に浸っている俺を他所に、クルガンの親父さん―――ルディーガ氏―――が切り出した。

「ところでクルガン、早速だが本題に入らせてもらうぞ。」

「―――はい。」

クルガンが妙に深刻な顔をして返事をするもんだから、気になって訝し気に俺はクルガンの顔をチラリと見た。
すると、クルガンの野郎、フイッと目を逸らしやがった。
一見、視線を移動させただけのように見えて不自然じゃなかったけど、俺にはわかる。
確実、目を逸らした。
何だ何だ?
本題に入るって?
何のほんだ…ぃ……。

「式はいつにする。」

………はい?
あのー、お話が見えません。
俺のモノローグに被ってルディーガ氏の口から出た言葉に思考が停止する。
式?
誰の?
何の為の?
あぁ、俺を連れて来たのとは別の話題か。
…いや、だったらなんで視線がクルガンだけじゃなくて俺にも向けられてるんだ?
その説明がつかねー。
ハテナマークをいっぱい飛ばす俺。
期待に満ちた目で俺達を見るリゼシカ婦人。
眉を潜めながら、クルガンの答えを待つルディーガ氏。
ぴくりと片眉を上げて真っ直ぐルディーガ氏を見るクルガン。

「反対、していたのでは?」

「仕方あるまい。言って聞くようなお前ではないだろう。ならば形だけでも筋は通 してもらう。」

「解りました。」

今、俺の耳はちくわ。
その機能を全く果たしていない。
やけに静かな溜め息混じりなクルガンの声が俺の耳を右から左に流れる。

「よかったですわね!クルガン、シード将軍。あぁ、本当におめでたいですわぁっ!!」

涙を浮かべて祝いの言葉を述べるリゼシカ婦人に俺の第六感がちりちりする。
つーか、いくら鈍い俺でも察しがついた、気がする…。
き、聞きたくない。
でも、聞かなければ俺の人生の中で起こってるトンデモナイ事が、俺の知らない水面 下で進んでいく事は必至。
頑張れ、俺!
負けるな、俺!!
さぁ立ち上がれ!!!

「あ、あの…話が見えないんですけどぉ…。」

気合いを入れた割にはかなり控めに恐る恐る挙手して質問をする俺に、ルディーガ氏が言う。

「クルガンから何も説明されていないのか。君とクルガンの結婚式の日取りの話をしているのだ。」

「旦那様は、最初、反対なさっていたのです。でもクルガンの意思が堅いことと、実際にシード将軍にお会いしてみて、祝福する事に決めたようですわ。」

私は初めからクルガンの決めた方だから反対していませんのよ、と悪戯っぽくウィンクして付け加えるリゼシカ婦人。
でも俺の頭ん中はいっぱいいっぱい。
あああああぁぁぁぁぁぁぁ…、やっぱしぃぃーーーーーっ!!
な、なななななんで?!
何で初顔合わせでそんな話になってんだよ?!
てか、俺、クルガンにプロポーズしてもらってねぇし…。
………いや、問題はそこじゃねぇ。
一人のりツッコミを頭ん中で繰り返しながら悶える俺。
どこをどうしたらこんな事にとか、この場合俺が花嫁になるんだろうかとか、男同士で結婚はむりだろうとか、花嫁修業は勘弁して下さいとか、考えがランダムに浮かんでは消える。
そんな俺に追い討ちは容赦なくかかった。

「子供はどちら似になるのかしら?私は孫が楽しみだわぁ〜♪」

あぁ、もう、ツッコミのしようがないッス……………。

 

 

 

 

 

 

「……ーど、シード!」

意識が浮上する。
……あ、れ?

「珍しいな、うなされていたぞ。」

覗き込む淡青の瞳。
辺りを見回せば、クルガンの部屋だった。

「ゆ…め…?」

ぽつりと呟く俺にクルガンが、夢と現実の区別もつかんのか、と呆れた口調で言った。

「よよよよよかったぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!」

大声でそう叫んで飛び付いてわんわん泣く俺にぎょっとしたような気配のクルガンだったが、俺はそんなのお構いなしだった。

 

 

end

 

 

後書き

やってしまいました、夢オチ。
本当はもっとちゃんとしたお話で、違う結末も考えていたけれど、どうしても無理があったのでシード視点の夢オチ話にしてしまいました。
家のシードの表現力に問題がある為、読みにくい箇所は多々あるとは思いますがご容赦下さい。
ええ、決して作者のせいではございません。(笑)
深海紺碧