Arabesque―契約―
「ではこの書類をソロン軍団長へ。」
「はっ!」
出来上がったばかりの書類を急かすように言われたのか、タイミングよく入って来た軍団長からの使いに手渡した。
深々と頭を下げ、その姿が扉の向こうに消えたのを横目で確認し、小さく息を吐くと書面
に走らせていた手を止めた。
疲れた訳ではなかった。
そう、言うならば気分が乗らない。
そういったものだった。
しかし、将軍としての仕事は容赦なく押し寄せる。
我ながらどうしたものか、再びペンを執ろうとした時、ふと一枚の書類が目に入った。
そういえば先ほどの使いが返却書類だと言っていたな。
ぱらっと手に取った書類が乾いた音を奏でた。
それは、シードに休暇を取らせる事となった原因の始末書。
あの契約を交わした次の日、午後から報告会議が行われた。
しかし、それは散々なものだった。
ルカ様がその場にいらしていなかったのが幸いというものだった。
報告会議が終盤に差し掛かった時、シードが倒れたのだ。
持っていた書類を辺りにばら撒きながら右手で机の端を掴み、両の膝をがくりと着いた。
意識は辛うじて保っていたものの顔面蒼白であった。
動揺が周囲に走り、会議室が一時騒然となった。
慌てて医師を呼ぼうと腰を浮かせた副官を手で制し、シードの側にいくとその様子から貧血だと見て取った。
無理もない。
内心舌打ちし、大丈夫だと繰り返すシードを引き立たせると無理矢理席に座らせた。
貧血を起こしているだけだったので、瞬時に言い繕うとそのまま私がその任を引き継ぎ、会議は事も無く終わった。
会議後、自室へ連れていくように部下に命じ、私はソロン軍団長を言い包めるとシードに休暇を取らせた。
助けた訳でも庇った訳でもない。
契約を交わしたからだ。
ただ、それだけの事だ。
私がその契約を守る義務はなかったが女に体を張らしておいて、それを破るほど落ちぶれてはいない。
それだけにしか過ぎない。
「明日から、か…。」
必要のなくなった書類を丸めながら一人呟く。
シードの出仕。
しかし、当の本人は今この皇都にはいない。
自宅待機にはしておいたが大人しくはしていないだろうと予想はしていた。
部下の報告では使者が帰ったことを確認すると馬を駆り、どこかへ行方を眩ませたらしい。
探索を出すのは簡単だった。
だが、敢えてそうはしなかった。
奴は必ず戻ってくる。
その確信があったからだ。
でなければ私と契約を交わした意味がない。
口元に苦々しい笑いが浮かぶ。
では、私はどうなのだ。
奴と契約を交わして、何のメリットがある。
何故、さっさと事を露見し、ルカ様の前に奴を突き出さなかった。
態々、共犯者になる必要などなかっただろう。
ともすればシード諸共斬首は確実だ。
危ない橋など、渡る必要はなかった。
だが、何度同じ状況に見舞われても私は同じ行動をとったであろう。
恐らく奴も。
何故?
惚れたと言うのか、奴に。
「くくっ、馬鹿馬鹿しい…。」
己のあまりの稚拙な考えに自嘲する。
恋愛などは脳の働きによる一時的な幻想にしか過ぎない。
人間が作り出す甘美な幻想に作り出した人間自身が溺れる。
そのような愚かしい事に私が囚われる筈は無い。
そうだ、私は奴の持つ力を失う事が惜しかった。
そして、都合のいい、鬱陶しくない性処理の相手が欲しかった。
それだけだ。
だが、あの日感じた動揺、衝動、そして込み上げた熱い何かを私は忘れられずにいた…。
to be continued...
契約という名の言い訳です。
思いっきり言い訳してます、クルガン氏。
どうあっても認めたくはないんですよ、彼は。
素直じゃない者同士の不器用な恋愛書くのは楽しいです!(死)
いえ、勿論ラブラブも大好きですけど。(笑)
まだまだ続きます。
紺野碧