Arabesque―罪人―

 

 

 

 散々泣き腫らし、落ち着きを取り戻したオレはシーツを纏い、ベットから出た。
 軽い虚脱感と下腹部に残る鈍い痛みに思わず顔を顰めた。
 けれど、身体に残るクルガンの残り香を消すため、バスルームへと向かった。

 

 

 ザアアァァァ

 熱いシャワーを浴び、体に残った熱を散らす。
 ふとその時、バスルームに備え付けられている鏡の中の自分と目が合った。
 その自分を見てオレは深い溜息を吐いた。

 なんて顔だ…

 鏡に映るオレは、今まで一番情けなくて、最低の顔をしている。
 上瞼が腫れており、眼球が真っ赤だ。
 正に、泣いてました と言わんばかりの顔だ。

 情けない…

 オレはシャワーを冷たい水に変えた。
 急な温度変化に身が縮こまる。
 しかし、身体は冷たいと感じるが、頭が中々冷えてくれない。
 それどころか苛立ちばかりが積もってゆく。
 オレはャワーを止め、力任せに鏡を叩き割った。

 

 派手な音ともにその大きな鏡に亀裂が入り、幾つかの破片が足元に落ちた。
 ぱたぱた、と手から零れ落ちる血が水と共に排水溝へと流れる。
 それを痛いとも感じず、オレは鏡に釘付けになっていた。

 割れた鏡には、その亀裂の数だけ女が映っていた。
 『女』な自分が…弱々しい瞳を向けている。
 その虚弱な視線に耐えられないという風に、オレは首を振った。
 そして、握り締めた拳を開き、『女』を消すように血に濡れた掌で鏡を赤く塗った。

 

 

 

 早くあいつを超えないと…

 

 オレの中で焦りが生じる。
 今の俺の力では奴に勝つ事が出来ない。
 かと言ってこのままで良いわけが無い。 

 

 オレの本当の姿を知った奴は皆殺さないと…

 早くあいつを殺さなければ…

 殺さなければ、殺さなければ、殺さなければ

 殺さなければ…

 

 どくん、と大きく心臓が脈打った。
 血塗られた過去がオレの中でどんどん膨らんでゆく。
 どんどん、蘇ってくる。

 初めて人を殺したのは12歳の時だった。
 オレはあの屋敷の中でオレの事を知っていた奴を全て殺した。
 執事もメイドもコックも殺した。
 今までのオレを消すためにはそれしか方法がなかったから…。
 それしか思い付かなかったから…。
 躊躇いは、無かった。
 哀れみも感じなかった。
 たった12歳の子供に命乞いをする大人に同情心なんて涌かなかった。
 それまでしてきた事を棚に上げ、命乞いをする汚らしい大人になど…。

 その次に殺したのは仕官学校の同期の人間だった。
 嫌な奴だった。
 オレの性別に気付き、強請ってきた。
 大した力も持っていないくせに、オレを強請ってきた愚か者。

 それからはあまり覚えてはいない。
 軍に入ってからは…、戦場に出陣するようになってからは、数え切れないほどの人間をこの手にかけて来た。
 一々、覚えてない。

 ああ、でも軍に入隊してからも、オレの性別に気付いた奴はいた。
 それをネタにオレに迫ってきた奴もいたっけ。
 オレのことを、『愛している』と言った。
 『何も知らないくせに…。上辺だけ。姿形を愛してるんだろ?』
 所詮、人間なんてそんなものだ。
 そう言ったオレにそいつは『違う』と言った。
 でも、そんなもの…信じられない。
 それに、そんな事はどうでも良かった。
 ばれたら殺す。
 それだけの事。

 信頼を置いていた友も部下も殺した。
 何時、どんな時にどんな形でばれるか解らない。
 だから、殺した。

 

 オレの手は血塗られている…

 

 多くの犠牲を糧に生きている

 多くの人間の死を踏み台にここに立っている

 

 「他人を殺して生き長らえる…。」

 くくく、と乾いた笑いが咽喉から漏れる。

 「どこまでも呪われた人間……いや、罪人、だな…オレは…。」

 自嘲気味に笑い、また、自分で自分を傷付ける。
 しかし、その痛みも麻痺したように何も感じない。
 只、心だけが静かにその血を流し続ける。
 涸れる事無く、誰かの血と共に流れ続ける。

 オレは、生きる事、それ事態が罪な人間…

 背負った罪はあまりにも重く、償う事さえ許されず。
 只、罪だけが増えてゆく…。
 いつか、この罪人を、その罪が押し潰すだろう。
 裁かれる事は、ない。
 救われる事など、永遠に有り得ない。
 有るとしたらそれはオレの死か、オレがオレを許す事だけだ…。

 

 オレがオレを許せる日…

 そんな日が来る事が有り得るんだろうか?

 

 

to be continued>>>

 

 

く、暗いです。(汗)
ようやくシードの過去に触れる事が出来ました。
そう、へヴィな過去に…。(苦笑)
今回は死について色々と思うことがあったのですが…。
変更せずに書き殴りました…。

紺野碧