生と死の狭間で…

 

 

 

 誰が予測できただろう

 誰が未然に防げただろう

 戦に死はつきものだ

 犠牲はあって当たり前

 他人の犠牲を踏み台に生にしがみ付き

 痛みに堪える…

 

 

 

 「うおおおっ!!!」

 愛刀を振るうと骨肉を断つ鈍い重みが伝わってくる。
 浴びた返り血を拭う事もせず、俺はまた別の生命を奪う。
 俺の髪は血を浴び、いつにも増して赤かった。

 

 葬った人間の数なんかいちいちなんて覚えてねぇ
 ここは戦場だ
 生きるか死ぬか
 只、それだけが存在する世界
 生と死が紙一重に存在する世界…

 

 辺りは見方のものか敵のものか判別がつかない程、血で赤く染まっていた。
 赤い大地。
 その上に横たわる幾千幾万もの屍。
 まさに地獄絵宛らだ。

 ぞくぞくしちまう
 恐怖というよりもこれは快感だ
 この高揚感が堪らない

 

 「さあ、次に刀の錆になりたい奴はどいつだっ!!!」

 手に付いたどす黒い血液をひと舐めし、視線を巡らす。
 俺の挑発に敵の眼に殺気が篭る。

 そうこなくっちゃ
 俺がこの最前線に出てきた意味が、無い

 にやり と口元に笑みを浮かべ、また、愛刀を振るう。

 

 

 「シード!!出過ぎだっ!!」 

 聞き覚えのある声に俺は耳を疑った。
 俺は目の前の敵を片付け、振り返ると想像した通り。
 後列で指揮していたはずの相棒が、すぐ近くまで来ていた。

 「ばっ!!何やってんだよ!!!!!」

 焦ってクルガンの元へ駆け出した。
 しかし、思うように近寄れない。

 そう、俺はクルガンの言う通り前に出過ぎたんだ。
 孤立無援に近い。
 完全に囲まれていた。

 

 それを知らせるためにわざわざ来たのか?!

 

 今のクルガンに前線は命取りだ。
 前の戦いでの傷が完治してない。
 だから後方で指揮を取っていたはずだ。
 だが、現に奴はすぐ近くまで来ている。
 本当は安静にしていないといけない身体なのに…。

 

 クルガンとの距離は約100m弱と言ったところだ。
 ぎりぎり紋章の影響を受けない距離。

 俺は瞬時にそう判断すると右手を強く握り締め、大きく息を吸った。
 そして、全神経を右手に集中させる。
 手の甲が熱を帯び、力が集中する。
 変化は眼に見えて表れ出した。
 赤い火花が激しく右手から発せられる。
 紅蓮の炎のイメージを頭の中で膨らませ、それを一気に解き放つ。

 「『大爆発』っ!!!」

 爆風が敵を吹き飛ばす。それと同時に火炎がそれらを包む。
 人間の皮膚が焼ける異臭が鼻を突き、一瞬、嘔吐感が込み上がる。
 皮膚が焼け爛れ、赤い身が見えているのが無残だった。

 だが、それらは俺の頭からすぐ切り離された。
 剣を強く握り、踵を返す。
 耳にくる悲鳴を上げ、悶え、もんどりうつ敵を蹴り飛ばし、俺はクルガンの元へ走った。

 

 倒したと思っていた。
 それは俺の驕りから来る油断だったのかもしれない。

 クルガンに駆けと寄ろうと俺は軽く身を縮め炎の中から踊り出た。
 残り火がゆらりと揺らめいたその瞬間――――― 一本の矢が俺の肩を射貫いた。

 「ぐぅっ!!!」

 右肩に鋭い痛みが走る。
 矢は深深と刺さっていた。
 痛みを堪え、その矢を無理矢理抜くと傷口から鮮血が溢れた。
 利き手が上がらない。
 俺の右手は、だらり と剣を握ったまま動かなかった。
 どうやら矢が神経系の筋に触れていたようだ。
 無理に上げようとすると激痛が走った。

 畜生、この矢を放った奴を誉めてやりてぇぜ…

 そんな事を思い、流水の紋章を発動させようと左手に力を込めたその時だった。
 新たな敵が迫る。

 ――――――――やばいっ!!!

 咄嗟に持ち替えた左手で応戦するが、所詮は付け焼刃。
 本来の半分も力が出せない俺はあっという間に敵に囲まれる。
 頭の中で、まずい と連呼し、必死に剣を受け流す。
 ちらりと視界を向けるとクルガンの方も体調が万全でないためか苦戦している。
 しかし、確実に俺を援護しようと敵をなぎ倒してくる。
 クルガンを筆頭に後ろから援軍も来ている。

 ―――――後もう少し。
 ほんの数m。
 それだけ持ち堪えたならばこちらのものだ。

 そう思い、俺は全神経を左手に集中させた。
 普段使いなれない左手を使うにあたり、集中力が要された。

 だが、俺は手元と目先の敵に集中しすぎた。
 後ろが無防備なほど隙だらけだった。

 「死ねえええぇえぇっ!!!!!」

 罵声と共に憤怒の形相で敵が剣を構え、突進してきた。

 ――――――もう駄目だ!!

 正直そう思った。
 前の敵からの攻撃により、体制を崩していた俺に回避する術はなく、敵の剣は容赦なく俺の背に突き立てられるだろう。

 ここまでか…

 しかい、覚悟を決めた俺に痛みはこなかった。
 敵は確かに突進してきていた。
 だが、その剣は俺に届く前に別のものを貫いていた。

 見慣れた広い背中が崩れ落ちる。
 貫かれた部分から血液が溢れ、大地を更に赤く染める。
 倒れたまま動かない同僚。

 「クルガンッ!!!!!」

 俺の悲痛な叫びが戦場に木霊した。

 

 

 それから何が何だか自分でもわけがわからなかった。

 どうやってあの包囲を抜けたのか、 どうやって敵を倒したか覚えてない。

 覚えているのは戦闘を楽しむ事も無く、土気色して意識の無いクルガンを肩で支え、半ば引きずるようにして本陣に戻った事だけだった。

 

 

 

 「…クルガン…」

 握った手からあまり暖かさが感じられず俺は胸が締め付けられた。
 青白い顔からはあまり生気が感じられず、普段の同僚のイメージとは全く異なって見えた。
 巻かれた包帯が痛々しかった。

 なぜあの時もっと早く敵に気付けなかったのか…

 後悔の念が込み上げた。

 たかが都市同盟と侮っていたのがそもそもの間違いだった。
 いや、それ以前に完全な驕りだった。
 自身の力を過信した結果だった。

 後から後から怒りが込み上げてくる。
 誰に対してでもなく、自分に対して…。

 気が付くと涙を流していた。
 クルガンの大きな手に頬を寄せ、声なく泣いていた。
 今だ眼を覚まさないクルガンを前にただただ祈るばかりだった。
 詫びるばかりだった。

 前の怪我も自分が原因だった。
 罠に嵌った自分を助けるためにクルガンが怪我を負った。
 その時も同じ思いをしたはずなのだ。
 しかし、繰り返してしまった。
 それが悔しかった。

 もっと力があれば…

 そう思わずにはいられなかった。
 そして、力が欲しいと切に願った。

 涙を拭い、このクルガンの顔をしっかりとその眼に焼き付け、己の驕りを悔いる。己の力の無さを悔いる。
 これ以上ないほど後悔し、次にどう動くか考える。
 新たな一歩を踏み出すために…。

 

 

 ぴくり、とクルガンの上瞼が動いたかと思うとその淡青の瞳がシードを捕らえた。
 覗き込むと、広く暖かい胸に引き寄せられた。
 その暖かさに眩暈を覚える。
 しっかりと力強く打つ鼓動を耳に、シードは硬く決意した。
 この手を失う日が来ぬよう誓いを立てる。

 

 強くなろう…

 大切なものをこの手で守れるように

 失わないように強くなろう

 

THE END

 

 

あああ、すみません。(汗)
何だか濃い戦話になってしまいました…。
そして、何やらわけのわからないものに…。(死)
このようなものですがお納め下さい。
お目汚しにしかならなさそうですが…。(爆死)

紺野碧