不思議な…
Part.2
「シード?」
クルガンが部屋に戻って来た時、シードの姿はどこにも見受けられなかった。
(おかしい…待つ様に言っていた筈だが…?)
待つことが嫌いな相棒は痺れを切らして自室に帰ったか。という考えが過ぎったが、それ以上に無類の酒好きだった。と考えを訂正し、クルガンは何所かに隠れているのであろう…と、もう一度辺りを見回した。
(以外に机の下とか…クローゼットの中にいるのやもしれん…。)
ぼんやりとそんな事を思い、とりあえず机の下を覗いて見る。
しかし、当然と言えば当然…そこにシードの姿は無かった。
(まあ、本当にいるとは思っていなかったが…。)
ふぅっと溜息を一つ吐いて、執務机の方を向いたクルガンの目に何かが映った。
いぶかしみながら執務机に近づいたクルガンは、乱雑に脱ぎ捨てられたシードの軍服を見つけた。
(……脱いだのか?いや、それにしては上着が無い…。)
ますます不思議に思い、シードの軍服を手に取って見る。
と、その時奥の部屋で何か物音がした。
シーツの擦れる音だとクルガンは確信を持って寝室だと判断した。
「シードか?」
声をかけても何の反応も無かったが、クルガンはそこにいるのがシードだとわかっていた。
それ以外の人物だとしたら自分が気配に気づかないはずが無い。とクルガンは確かな確証を持って寝室のドアに手をかけた。
元来クルガンは人の気配に敏感で、気配を読み違える事は無かった。
だが、ごくごく最近からシードの気配が読み辛くなった。
シードが気配を消すのが上手くなったのか、自分が彼にだけ気を許し始めているのか…。
それはまだクルガンにはわからなかった。
ただ一つ言える事は彼が敵でなく、自分の相棒で良かった。と言う事だけだった。
不仲から始まった最低最悪のコンビが次第に最高最強のコンビへ…。
何時しか、この相棒とならば共に肩を並べ、この国を守っていけるのでは?という思いがクルガンの中で生まれ始めていた。
無縁だと思っていた友情・愛情…。それらをシードに感じ始めている。いや、もう既に感じているのかもしれない。
誰かと毎晩のように酒を酌み交わす…。誰かと常に行動を共にする…。
そのような事をクルガンは今まで一度もした事が無かった。
いや、彼に気安く話し掛けてくる者自体いなかった…。
常に冷静沈着、冷徹。相手に完璧を求められ、求める。
そんな彼に話しかけ、酒を酌み交わそうとする者など存在しなかったのだ…。
「シード…?」
ベットの膨らみへ声をかけると微かにそれは動いた。
やれやれとベットに近づこうとしたクルガンに強い拒絶の声が飛んだ。
「来るなっ!!」
いつもの彼の声より高く感じられるのは気のせいであろうか?そんな事を思いつつクルガンは一歩ベットに近づきながら言った。
「シード…私に怒るのは筋違いだぞ?待つと言ったのはお前であろう。」
もう一歩踏み出したクルガンに再びシードが来るな。と言う。
聊かむっとしてつかつかとベットに近づいたクルガンだったが、ベットに引き篭もっているシードに違和感を感じ、思わず足を止めた。
「…お前、そんなに小さかったか?」
何と間の向けた台詞だ…とは思ったが言わずにはいられなかった。
「シード…何があったのかは知らんがさっさと出てこい…」
暫しの沈黙の後、何を見ても驚くな。と言い、シードはゆるゆる握り締めていたシーツから手を離し、その姿をクルガンの前に曝した。
高いと思った声…小さいと感じた身体。その全ての謎が瞬時にして解かれた。
「クルガン…」
自分の名を呼ぶ紅い髪の子供。
6歳くらいだろうか?ふと、そのような考えが過ぎる。
「クルガン…どうしよう…俺、ガキに…」
少年は髪と同じ紅い瞳からぼろぼろと涙を零し、クルガンに縋り付いた。
意外に冷静にこの事実を受け止めている自分に驚きつつも少年―――シードを優しく抱きとめ、その頭を慰めるように撫でた。
「…何があった?」
涙を拭いてやりながら優しい口調でクルガンは尋ねた。
「く…ひっ…う…って…ごめ…」
クルガンの問いに答える為、必死に涙を止めようとするが中々止まらない。
そんなシードに苦笑して、
「少し落ち着け…」
クルガンはそう言うとクルガンはシードの目から零れ落ちる涙を唇で舐め取った。
「!!!く、クルガン!!??」
驚き、後退りするシードにクルガンは淡々とした調子で言う。
「止まったか?」
「え?あ…うん。」
そう言えば…。とシードが頬に残る涙の筋を拭う。
「で、どういう経路でこのような事に?」
静かな怒りを含んだ表情で聞くクルガンにシードは表情を凍らせた。
「成るほど、な…」
シードの話を聞き終え、クルガンは頭痛を覚えた。
話を総合させると、以前、怪しい薬で大儲けをしようとした商人から国が没収しもので、細かく調査をするように言われ、机の上に置いておいたものをシードが飲んでしまったという事だった。
「クルガン…俺、元に戻れるか?」
不安げな顔をクルガンに向け、シードが恐る恐る聞いた。
クルガンは一度瞳を閉じると、真っ直ぐシードを見てすまなさそうに言った。
「すまない…私にはお前を元に戻す事はできない。私だけでない、他のどの人間にも…」
「そ…んな…」
絶望の眼差しでがっくりと肩を落とすシード。
「俺…このまま…なのか?」
「…そう落胆するな、全く可能性が無いわけでもないであろう」
「同じことだろっ!?このまま元の年に戻るのに何年かかると…っ!!!」
そこまで言った時、シードの目から止めど無く涙が零れた。
「………っ!!!」
「…………………」
クルガンは只シードを優しく抱きしめた。
その腕の温かさに安心したようにシードは眠りに落ちた。
「う…ん?」
うっすらと朝の光が差し込む。
目を擦り何時なのか知りたくて枕もとの時計に手を伸ばした。が、いつもの場所に時計は無く、手は空を切った。
「…あれ?」
時計を探そうと開いた瞳に映ったのは端正な彼の相棒の顔。
寝ぼけた頭で、こいつって綺麗な顔立ちしてるよな…と思った次の瞬間―――慌てて体を起こした。
「!!!???」
混乱する頭で何故横にクルガンが寝ているのか。ここは一体何所なのか。昨夜の記憶を必死に辿る。
(そっか…確か昨日子供に…)
そこまで思い出すとシードはシーツを蹴飛ばし、自分の身体を見た。
「もど…って…戻ってる!!!」
試しに頬つねってみるが、痛みが感じられる。
「やった―――――!!!おい、クルガン起きろ!!見ろ!!!元に戻ったぞ!!!!!」
横で寝ているクルガンを叩き起こすとシードは満面の笑顔を向けて嬉しそうに言った。
「ああ、戻ったのだな。」
上体を起こしながら、驚いた様子も無く言うクルガンを訝しげに見る。
「なんか…全然吃驚してねーな…」
「ああ、数時間の効力らしいからな…言ってなかったか?」
別段気にした様子も無く、さらりと言う。
「……クルガン………」
「何だ?」
「てめー、知ってて黙ってやがったな―――――!!!!!」
怒りに顔を染めたシードが叫ぶ。
「言ったであろう?”私や他の人間には直せん”と。時間が経っても戻らないと言った覚えはない。」
「同じことじゃねーか!!!」
胸座を引っ掴み文句を言うシードにクルガンはにやりと笑って言った。
「昨日のお前は可愛かったな。ぼろぼろと涙を零しながら私の胸にしがみ付いて来て…」
「言うな――――――――――!!!!!」
今度は別の意味で顔を真っ赤に染めたシードの絶叫が城中に響き渡ったそうな…。
―――――翌日
「クルガン様のお部屋からシード様が朝帰りしたそうよ?」
「まあ、今朝の絶叫はその時のものでしたのね…」
「悪かったのかしら?」
「そうかしら?その反対じゃないの?」
「何時かはこうなると思っていましたが、早かったですわね…」
「そうね。」
こうして2人は城内のメイド達の噂の的となっていたのであった…。
THE END
∞後書き∞
こんなクルシ―もありかな?と思いつつ書いた昔の作品を手直ししてUP。
楽をしようとして逆に大変な手間となった…。(爆)
人間楽して生きようと思うな。という父の言葉が身に沁みた今日この頃…。
Nさん、頑張ったよ…。できる前のクルシー。
しかし、途中でわけがわからなくなった…。(死)
紺野碧