run away

 ある平和な昼下がり、事件は突如として起きた…。




 「や、やべぇ…。」

 クルガンの執務室。そこに立つ人影――シードは冷汗を流しつつ、深い絶望の声を洩らした…。








 「シードがここへ来なかったか?」

 門番の元に現れたクルガンはいつもの無表情の中に怒りを含ませ、シードの行方を探していた。
 彼がシードの行方を門番に聞くなど珍しい。何も言わずともクルガンはシードの行方を知っていたから…。
 何か尋常でない事が起こったのではないか… と、門番は槍を握る手に力を込めた。

 「いえ、私どもは見ておりません。」

 門番がクルガンに言う。
 その言葉を疑うかのように、冷たい印象の蒼い瞳が門番の一挙一動を舐めるように見る。
 しかし、門番が本当に何も知らないと判断すると視線を和らげた。

 「良いか、もしシードが門を開けろと言っても、絶対に門を開けるな。奴が外に出るのを何としてでも阻止するんだぞ。解ったな。」

 「は…はっ!!」

 門番の返事を聞き、クルガンは踵を返すと城内へ戻って行った。
 その背を見送り、門番は槍を握り直した。







 所変わってシードの執務室の右隣、補佐官控え室。
 そこに一人の男が座っていた。
 シードの補佐官である。
 彼は一仕事を終え、午後のティータイムを楽しんでいた。

 『いいか、俺がここに来たっていう事は絶対にクルガンには言うなよっ!!!』

 補佐官は、先刻上司が言った言葉をぼんやりと思い返しながらティーカップを口元に運んだ。

 (また何かクルガン様を怒らすような事をしたんだろうな…。)

 溜息を吐くわけでもなく、只、諦めたようにぼうっとし、カップを口に運ぶ。
 長いこと彼らと付き合ってきた補佐官は、ある程度の事が想像できていた。
 そしてまた、自分が取る行動も決まっていた。

 かちゃ

 誰かが扉を開く音と、補佐官がカップを置く音が合わさった。

 「シードがここに来たであろう。」

 予想通りの声が、低く威圧するように聞こえてきた。

 (ばればれです、シード様…。語尾にクエスチョンマークが着いていない辺り、流石はクルガン様…。) 

 補佐官はすっと席を立つと振り返った。

 「シード様は逃げ場を探している模様です。恐らく今頃は”ご自分が一番安全だと思われる場所”へと向かおうとしていらっしゃるのではないでしょうか?」

 にっこり笑って密告する補佐官にクルガンは、そうか。とだけ言い残すと慌てる様子も無く、去って行った。
 恐らく、シードが”これから行きそうな場所”を予測し、”手を打ってから”ここに来たのであろう。
 あの落ち着きぶりが逆に怖さを誘う。
 恐ろしい方だ… と、補佐官は毎度の事ながらもクルガンの行動の早さに感嘆の息を洩らした。

 (しかし…あれはかなり怒っていらしたご様子…。)

 追い詰められる、いや、もう既に罠に掛かっているであろう上司を思い、彼は静かに同情した。






 「だから俺は出かけるってんだろっ!!さっさとそこを退け!!」

 「いえ、退けません!!シード様をお出しするなとの命令が出ております。」

 門前。門番とシードの口論が響く。
 徐々に苛立ち始めるシードに門番は勇気を振り絞り、立ち向かっていた。

 「…っくしょー。クルガンの野郎……。」

 舌打ちし、強行突破を試みようと思ったその時だった。

 「あ…クルガン様…。」

 門番がシードの後ろを指差し、ポツリと呟いた。
 ぎくりと一瞬全身を強張らせたシードだったが、

 「ん、んな子供だましに引っ掛かる俺じゃね―ぞっ!!」

 と威勢良く言い放ち、強行突破に出ようとしたシードの腕を誰かが掴んだ。
 驚きに目を見開いたまま、勢い良く振り向いたシードの目に映ったのは、見慣れた男だった。

 「く、くくクルガン………。」

 多量の冷汗をかき、青くなったシードにクルガンはどこまでも冷静な声音で言った。

 「ようやく見つけたぞ、シード。」

 「あ、…あははははは。イイ天気だから遠乗りでもしようかと思ったんだけど…。」

 苦し紛れな言い訳をつらつらと並べ、シードは無表情に見下ろす男に引き攣った笑みを向ける。
 冷ややかなクルガンの視線が突き刺さる。

 「歩いてか?」

 嘲笑を浮かべて言うクルガンに、ぐっと言葉に詰まるシード。
 そんな二人にやり取りを不思議そうに見ていた門番にクルガンはご苦労だった と告げるとシードを引きずり、城内へと戻っていった。





 「さあ、会議室でソロン様とキバ様がお待ちだ。覚悟は良いな、シード。」

 ずるずると引きずられながらシードはこれから延々続くであろう説教を思ってげんなりとした。
 こんな事になるならあの書類に触れなければ良かった… と、シードは深く後悔した。
 そう、シードがクルガンの執務室でした事。それは、クルガンやソロン、キバ等がここ数日徹夜で纏め上げた今度の会議で使う重要書類を丸々紙くず同然にしてしまったのであった。
 シード自身、悪気が無かったとはいえ、笑って済まされる事ではない。

 「ああ、そうだ。その後、私がお前に用がある。楽しみにしておけ。」

 そう言うクルガンの目は笑っておらず、口元には鬼畜な笑みを浮かべていた…。






THE END

……………あれ?
追いかけっこの筈が…。(滝汗)
ええと、ウチのクルガン氏用意周到なので…。(撲殺)
あああ、すみません!!!(涙)
こ、これでも宜しいでしょうか…水稀なみ様…。

紺野碧