木洩れ日
城内の一角に置かれているクルガンの自室。
この時間、ここにいる筈の無い人物がベットに横たわっていた。
この部屋の主人、クルガンである。彼は今、風邪を引いていた。
一番病気とほど遠い人物が何故風邪という最もポピュラーな病気に掛かったかというと、原因の全ては彼の仕事ぶりにあった。
元来、武官としても文官としても優れた能力を持つ彼に、人手が足りないという事で書類が山と回された。
付け加え、同僚の溜め込んだ書類整理にも追われ、ここ1週間程まともに寝ていなかった。
その不眠と季節の変わり目という風邪を引きやすい時期が見事にかち合い、クルガンはベットの住民となる事を余儀なくされたのであった。「はぁ……」
本日何度目の溜息であったか、彼は覚えていない。
朦朧とする頭で今日の予定を追う。(やるべき仕事を終えた後で良かったな…。)
乱れた前髪を軽く後ろへ流し、天井を眺める。
普段じっくりと見る事の無い天井。
いかにこのベットで眠る事が少ないかを語っている。いや、あっても彼の性格上じっくり天井を見るなどといった事はしないであろう。。
さっさと寝てしまうか、床を共にする赤毛の同僚を飽く事無く眺めるか…。そこまで考えた時、クルガンは、今日、全く姿を見ていないシードの事を思った。
いい加減でちゃらんぽらんな赤毛の同僚…。(どうせまた中庭をぶらぶら歩いているのだろう…)
仕事をサボっては木の上で居眠り。
近状の森まで遠乗り。いくら言っても将としても自覚を持たない相棒は、子供が只、歳を重ねただけのようだ。
悪く言えば自覚、責任感が無い。
良く言えば何所までも純粋なのだ。彼は。
だからこそ惹かれた、とも言えるのだが…。とクルガンは苦笑を浮かべた。
「げほげほっ!」
激しく咳き込み、サイドテーブルに置かれた水差しからコップに水を注ぐ。
その横に置かれていた幾つかの錠剤を口に含み、一気に飲み下した。
何も食べずに薬を飲むのは胃の粘膜を痛める。
そんな事もわからないクルガンではないが、どちらにせよ、食欲が涌かないのだ。
気休め程度にはなるだろう…と、水を多めに飲む。元のように身体をベットに横たわらせ、ふぅ… とまた一つ息を吐く。
指一本動かすにもかなりの力がいるような気がした。
熱がある所為だ…。と簡単に解釈し、だるい身体をゆっくりゆっくり休ませる。普段、ゆっくり休む事の無いクルガンはしんと静かな部屋で濛々と考えに更ける。
こうして、ゆっくりと何かを考えるのは嫌いではないが…何所か淋しいような気持ちになる。
病気の時に見られる意味の無い物悲しさ…。
静かさが逆に落ち着かないものになる。
今まで自分の中で有り得なかった思いに少し動揺した。(そいうえば、以前シードが風邪を引いた時に私が訪ねるとやけに嬉しそうな顔をしたな…。)
あの時は何がそんなに嬉しいのだろう。と思ったが、今ならわかる気がした。
―――――会いたい。
その気持ちだけが先走る。
今、一番気になるのが仕事の事でも何でも無い。シードの事だった。(私らしくない…)
病気は人の心を弱くすると言うが、よりによって会いたい人間がシードとは…と思い、また、溜息を吐く。
普段のクルガンならば、病気の時、会いたくない人間No.1にシードが上るでろうに…。(熱の所為…だけ、なんだろうか…)
こんこん
ノックの音が聞こえた。
現実に引き戻され、クルガンはノックのした方に目を向けた。(この時間だ。昼食を持ってきたメイドであろう。)
そう思って入室を促したクルガンの目に飛び込んできたのは、赤毛―――シードだった。
二人の昼食を持って笑顔で寝室に入ってくる。「よう、風邪の具合はどうだ?」
サイドテーブルに昼食を置きながらシードがクルガンに問う。
大方、弱ったクルガンを見物に来たのであろう。
顔が笑っている。(こいつには病人を労わるという気持ちが無いのか?)
先ほどまで、この同僚に会いたいと思っていた気持ちなど忘れたかのように、クルガンは苛立ちを覚えた。
むすっとしたまま、視線だけをシードに向ける。
シードはそんなクルガンを気にした様子も無く、ベットに椅子を寄せ、反対に座ると、背もたれに肘を着き、にやにやと笑いながらクルガンを覗き込む。「しっかしお前が風邪とはねー。」
楽しそうに言うシードにクルガンは嫌そうに眼を細めた。
(この様子では出て行ってくれそうに無いな…)
そう判断したクルガンは上体を起こした。
「おい、本当に大丈夫なのかよ…。」
青い顔をしたクルガンにシードが手を伸ばす。
反射的にクルガンが身を引いたが、シードは諦めずベットに圧し掛かり、クルガンの額に手を当て、熱を測る。「あー、結構あんじゃねーか…」
冷かしから、本当に心配そうな顔つきに変わる。
どうやら見舞いの意味を理解しているらしい。
少しほっとした気持ちでクルガンは答えた。「薬を飲んでいれば大丈夫だろう…。」
シードがサイドテーブルに視線を向ける。
そこには、水差しと風邪薬と思しき幾つかの錠剤が見うけられた。
しかし、何かを食べたと言う痕跡は見られず、一瞬形の良い眉を顰めた。
ちゃんと朝飯食ったのか?とてきぱきと昼食の用意をクルガンの前に並べる。
以外にも慣れた手つきで…。「食欲が無い…。」
「駄目だ、ちゃんと食わねーと治るもんも治んねーだろ!!!」
強い口調でシードが言う。
本気で心配しているらしい。
お粥をスプーンで掬い、クルガンの前に持って行く。「…何のマネだ…。」
「食え。食べさせてやるから。」
ずいっとスプーンを前に突き出す。
クルガンはあからさまに嫌そうな顔をした。「自分で食べられる。」
「いいから。人の好意は受け取っとけって。」
笑ってスプーンを差し出すシードに悪気が見られない。
本気で好意のつもりだ。クルガンは仕方なく溜息を吐くと口を開けた。
「…美味いか?」
小首を傾げ、シードが尋ねる。
「ああ…」
塩加減のちょうど良いお粥がとろける様に美味しい。
今朝、メイドが持ってきたものとは明らかに違う。「これは…」
「うん?俺が作ったんだ♪」
「お前が?」
意外そうに目を見開くクルガンに得意げにシードが言う。
「昔…母上に作ってもらった味を思い出そうと朝から厨房占拠したんだ。」
得意げな中に照れくささを隠し、笑う彼にどうしようも無い愛しさが生まれる。
自然と手が伸び、気が付くとシードの髪を梳いていた。
その手にシードは気持ち良さそうに頬を寄せる。窓から差し込む日の光が、風が、心地良い。
「鬼の霍乱って奴だな♪」
木洩れ日のような笑顔を向け、シードが言った。
クルガンはそんなシードを見、微苦笑した…。
THE END
あははん☆LOVE甘です。
コスモクリアー様、これで良かったでしょうか?
甲斐甲斐しく世話をするシード…。(笑)
紺野碧