と     き
琥珀の時間

 

 

 力無く握り返された白い手

 只一点を見つめる黒い瞳

 

 俺は忘れない

 

 あの日の雨の冷たさ

 あの悲しい涙…

 

 

 

 「ピリカといってね、僕の…妹みたいな子かな?」

 そう言いながら、ジョウイは少し照れくさそうに顔を綻ばせた。
 それは二人が初めて見る表情だった。
 少なくともハイランドにいる彼は、敵に周りを囲まれており、厳しい表情をしていた。
 その上、皇王となってからは、緊張と責任の所為、更に顔を強張らせていたように見えた。
 だが、今はそんな事を微塵も感じさせないような穏やかな笑みを浮かべていた。
 この小さな少女が彼の心持を柔らかくさせた事は一目瞭然だった。

 微笑ましい気持ちになり、シードは自然と笑みを零した。
 隣に控える相方を見ると、彼も常に無い、穏やかな顔をしていた。

 

 「お初お目に掛かります、ピリカ譲。」

 クルガンが優美に礼をする。
 あまり子供は好かないのか、全くと言って良いほど愛想の無いいつもと変わらぬ態度で接する。
 そんなクルガンにピリカは少しジョウイの後ろに下がった。

 「おいおい、そんな恐い顔してちゃあ、怖がらせるだけだろ。」

 子供慣れしないクルガンをからかう様にシードが言った。
 悪戯っ子のうような、にんまりとした笑顔をクルガンに向ける。
 憮然とした表情でクルガンはそんなシードを見る。
 シードはクルガンの視線を受け止めながら、その膝を曲げ、ピリカに視線を合わすとにっこりと微笑んだ。

 「俺はシード。宜しくな、ピリカ♪」

 そう言って、手を差し伸べるシード。
 ピリカは、ジョウイの手を握ったまま動かなかった。
 怯えている様子は、無い。
 戸惑っているのだ。
 シードは焦る様子も無く、笑顔を向けたまま、ピリカの出方を待った。
 暫く躊躇するようにぴったりとジョウイに引っ付いていたピリカだったが、一度ジョウイを見上げた後、そっとシードの手を取った。
 その白いやわらかな手が、頭の中で誰かのものと重なった。
 呼び覚まされる遠い日の記憶…。

 

 雨の中参列する人々。

 幼い子供達。

 憂いを秘めた瞳の女性。

 

 (これは…。)

 

 「どうかしたのかい?シード?」

 ジョウイの声でシードは思考の中から引き戻された。
 目の前でピリカが心配そうに彼を見ていた。

 「いえ、何もありません。」

 ジョウイに微笑みを向け、ピリカの頭をくしゃくしゃと撫でる。
 何か、釈然としないものを感じながらもジョウイはシードに笑顔を返した。
 ピリカもシードの手を取ったまま、撫でられる心地良さに笑みを零していた。
 しかし、クルガンだけが怪訝そうな顔でシードを見ていた…。

 

 

 「…ド、シード!…聞いているのか?」

 クルガンの言葉にシードははっとしたように顔を上げた。

 いつもの通り、クルガンの部屋で飲んでいた二人。
 他愛ない雑談の途中だった。
 昼間の話が出た途端、シードは自分でも気付かないうちに考えに耽ってしまっていたようだ。

 「あ、悪ィ…聞いてなかった。」

 ぽりぽりと頭を掻きながら謝るシードにクルガンは眉を顰めた。

 「お前らしくないな…。」

 一体どうしたと言うのだ?と問うクルガンにシードは、一瞬躊躇した後、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

 「昔…18の時だったかな。俺の従姉が死んだ日の事を思い出しただけ…。」

 「お前の亡くなった従姉と言うと…。」

 「そ、父親の側近と駆け落ちした女性。」

 グラスを一気に傾け、からからと笑って言う。
 しかし、すぐ真摯な表情に戻して言った。

 「強い女性だったよ。誰に何を言われても自分の意思を貫き通す強さがあった。
 いつも『こんな箱の中で生活するのは真っ平よ!』って言って、幼い俺を連れて外に抜け出してた。
 信じらんねぇヒトだろ?」

 くつくつと笑うシードの顔がいつも以上に幼く感じられ、クルガンは一瞬目を奪われた。

 「だから…亡くなった、と叔父が伝えに着た時はすぐに信じられなかった。信じたくなかった。」

 割れそうなほど、グラスをきつく握り締める。

 「…いい恥曝しだ!って罵って、叔父は…一族の連中は式に参列もしなかった…!!」

 ぎりっと奥歯を噛み締め、嫌悪の眼差しをグラスに向ける。
 恐らく一族の者の冷たい対応を今でも快く思っていないのだろう。

 しかし、直ぐにクルガンに向き直り、話の続きを始めた。

 「俺は…父上の口添えも合って一家の代表として葬儀に参列した。
 父上は知っていたからな、俺がちっこい頃姉さんに懐いていた事を、そして、時々会ってたことを…。
 『お前も18になった事だ、一家の代表として参列して来い。』なんて仏頂面で言うんだぜ?」

 素直じゃないよな…。と言って笑うシードはどこか誇らしげだった。

 クルガンの脳裏にその面影が浮かび上がる。
 彼の父親に面識があった。
 溌剌としており、時折見せる笑顔がシードそっくりだと思った事はまだ記憶に新しい…。

 「…良い方だったな…。」

 ああ、とだけ返すシードの顔に僅かに陰りが差す。
 そして、気を取り直す様にグラスに口を付け、元の話題に戻す。

 「……あの日は雨で、葬儀の中、俺は小さい子供を見つけた。
 …今日のピリカと同じくらいの子だ。名前はアリア。姉さんの子供だ。」

 「…………………。」

 「アリアは俺をよく知っていた。会ってた時に遊んでやってたからな。
 俺を見ると『シードお兄ちゃん』って駆け寄ってきたよ。死がわからない年でもないだろうに、笑顔を向けて…。」

 シードの脳裏にあの日の少女の笑顔が蘇る。
 その笑顔は、屈託ない無邪気なもので、儚かった…。

 「アリアは俺の横に並んで参列した…。甘えるように小さい手を俺の手に絡めてきた。」

 グラスをテーブルに置き、シードは自分の手を、まじまじと眺めた。

 「その繋いだ手が…、震えるでもなく、きつく握ってくる事も無く…只、雨に濡れてて冷たかった。
 俺が、『泣いていいんだぞ』と言うと、『沢山泣いたからもういいよ』と言って笑ったよ。
 でも、その小さな白い手が、黒い瞳が泣いてた。慟哭が痛いくらい俺に伝わってきたよ…。
 力無く握られた手からあの幼い子供の大きな悲しみが伝わってきて…。」

 くしゃり、とシードは自分の前髪を握り、涙を堪えるかのように俯いた。

 「……泣きたかったのは俺の方だった…。」

 

 

 「…惚れていたのか?」

 長い沈黙の後、クルガンがシードに問うた。
 シードは暫し考えた後、わからないと首を振った。

 「あの人は俺の憧れだった…。もしかするとお前の言う通り惚れていたのかもしれないな…。」

 寂しそうに微笑むシードに、クルガンは只、微笑した。

 

 

 

 …人が、生きる時間を色に例えるならば琥珀色だと思う。

 輝く瞬間を求めて、ヒトは生きているのかもしれない。

 少なくとも俺は、そうでありたい…。

 

 シードの顔に、もう悲しみの色は無かった。
 その代わり、その瞳は今までで一番美しい輝きを放っておリ、この先どんな事が有ろうと決して屈しない強さが見られた…。

 

 

THE END

 

 

この『琥珀の時間』の設定ですが…。
子供とのやりとりは実話です。
これは、お葬式から帰って来て、私が思った事です。
それをクルシーに当て嵌めて考えて見ました。

あ、でも細かい設定はMY設定ですv
私の親族関係はどちらかと言いますと円満ですしvvv(笑)
因みに題名は、某社のビールの名前…。(撲殺)

紺野碧