The end of nightmare

 

 

 

 まるで悪い夢を見ているようだった…。

 

 

 「シードっ!!!」

 叫ぶ自分の声さえ何所か遠くに感じながら、クルガンは自分の目の前で起こっている事が信じられなかった。信じたくなかった。
 見慣れた白地に赤のラインのサーコート。その白が大量の血液で汚されてゆくのを…。
 常とは違い、返り血ではない。彼自身の血液によって赤く染まってゆくのを…。

 

 

 幸い、クルガンの紋章による応急処置が早かったためであろう、シードの怪我は命に別状は無かった。
 只、出血が酷かった。
 右肩から左腹部にかけて浅いとはいえない傷を負ったシード。その鮮血は彼のサーコートを真っ赤に染め上げるほどのものであった。

 だが、紋章での治療にも限りがある。失った血液はどうにもならない。
 出血多量で死ななかったのが不思議なくらいだった。
 シードは今も医務室のベットに横たえられている…。

 

 

 

 「あのっ!!クルガン様…」

 呼び止められ、振り返った先には入隊して間も無い若い兵士が立っていた。

 「…何か用か?」

 いつもと変わり無い口調でクルガンは尋ね返した。
 兵士はへの字で結んでいた口をゆっくりと開いた。

 「その、シード様の容態は…」

 軍がルルノイエに帰還し、最早数日が経っている。
 だが、医務室に運び込まれたっきり、全く姿を見せないシードを心配しいるらしい。

 「…私の所にはまだ何の報告も来てはいない。」

 そう言い放つとクルガンは踵を返した。

 クルガンにはやるべき事が山ほどあった。
 シードが倒れた事により、平生、しなくても良い事までクルガンはこなした。
 今、軍で一番動ける人間が自分であることを重々承知していた。
 そして、もう一つ…。

 何かをしていなければ…また、思い起こしてしまう…。

 そんな思いがクルガンにはあった。
 それらの概念により、クルガンは激務をこなした。こなさずにいられなかった。

 

 「…シード様のお倒れになられた原因はクルガン様にある、というのは本当の事ですか…」

 兵士の台詞にクルガンの足は凍りついたように動かなくなった。
 足だけでなく、身体全体がその機能を一時停止させた。
 脳裏であの赤が鮮明に蘇る。

 自分が負う筈だった傷を負い、赤く赤く染まってゆく白いサーコート。
 突き刺さった剣にぬらりと光る血液が止めど無く流れていた。
 それらとは対照的な抱き起こした彼の青白い顔。
 ぐったりとこちらに体重を預けたまま力無く落ちた手。
 開かれない、瞳…。

 クルガンは拳をぐっと握り、努めて平静を保った。

 「だとしたら?」

 振り向かぬまま答えるクルガン。
 その様子はまるで何事も無かったかのように兵士には見えた。
 事実、クルガンは感情をコントロール術を心得ており、一階の兵に過ぎない彼にはいつもと全く変わり無いものと見て取れたのだ。

 「冷たいんですね…」

 一言クルガンにそう言い残し、兵士は立ち去った。

 「冷たい…か…。」

 そう言って、兵士の去った方を見て、クルガンは自嘲した。

 

 

 

 昼の一件からクルガンは何所と無く上の空だった。
 スマートに書類を片付けるいつもの彼と違い、時々手が止まるのを補佐官は見逃さなかった。

 「クルガン様、お疲れなのではないですか…」

 「いや、大丈夫だ。」

 出来あがった書類の束を纏めながら、心配そうな視線を向ける補佐官にクルガンは返す。

 「しかし…」

 更に言い募ろうとする補佐官を手で制し、新たに書き終えた書類を手渡した。

 「…ご無理はなさらないで下さい。」

 一礼し、退室する補佐官にああ、とだけ生返事を返し、再び書類に向き直った。

 

 

 

 

 

 「クルガン様、シード様の意識が回復なされたそうです!!]

 補佐官の知らせに一瞬クルガンの手が止まった。
 色素の薄い青の瞳に喜びの色を添えて…。

 「そうか…」

 自分自身、なんと安堵した声だ、とクルガンは思った。
 それは、補佐官にも言える事だった。
 彼は『良かった』を繰り返しながら、クルガンに微笑を向けていた。

 

 

 

 クルガンの執務が終了したのは深夜を回っていた。
 宿直の医師が一人、医務室の一室に明りを点して寝ずの番をしていた。
 クルガンは医務室の奥の扉を開いた。
 薄いカーテンが視界を遮る。
 それをそっと開けると見慣れた懐かしい相方の顔が見えた。
 容態は落ち着いているらしく、安らかな顔をし、安定した呼吸を室内に響かせていた。

 「シード…」

 呼びかけて、そっと頬に触れてみる。
 微かに、だが確実に暖かみが触れた場所から伝わる。
 あの時の青白さはもう無く、頬に赤みが差していた。

 「ん…、くる…がん?」

 ゆっくりと深紅の瞳が開かれる。
 半分の驚き、半分の安堵…。
 クルガンはその深い瞳が己の胸に焼き付いた焦燥を埋めてゆくような気がした。
 そして、常ならぬ優しい口付けをシードの瞳に落とした。

 

THE END

 

 

ゆきやなぎ様、すみません!!!
わけのわからないのもを押し付けてしまって…。(滝汗)
全然シードの怪我に触れてません。
熱出してません。(死)
執筆時間と文がやたら長いだけの話に…。
うう、やはりお礼のおの字にもならない物ですが、お納め下さい。

紺野碧