Wine
「お〜い、クルガ〜ン!!起きてっか〜?」
深夜、クルガンは自分の名を呼ぶシードの声とドンドンと自室の扉が割れんばかりに叩かれる音に安眠を妨害された。
一瞬放って置こうかとも思ったが―――シードの事だ、扉を開けるまで叩き続けるに違いない。―――そう判断したクルガンは額に青筋を立てながらもシードを迎え入れた。「シード…今何時だと思って…。」
米神を押さえ、文句を言いかけたクルガンだったが、シードの様子に言葉を止めた。
「お前…。」
「ん?ああ、走ってきたからな。」
汗で張り付いた前髪を掻き上げ、シードはふぅっと一息吐いた。
クルガンは一旦寝室に戻ると、クローゼットの引出しからタオルから取り出し、シードに手渡した。「サンキュー。」
礼を言い、乱暴に髪を掻き回すように汗を拭き取る。
「で?今日は何の用だ?」
そう言いつつクルガンはシードの腰に手を回し、ぐいっと引き寄せた。
「だ〜〜〜!!ストップストップ!!!」
クルガンの行動に顔を赤く染め、シードが焦る。
面白くないと思いながらも―――別件か…。まあそうだろうな。―――と、微苦笑し、シードの腰から手を離すとすぐ側のソファーに腰掛けた。
シードはホッと胸を撫で下ろすとごそごそと服の中から得意満面に何かを取り出した。「じゃじゃー――ん♪」
シードが取り出したもの、それは一本のワインボトルだった。
「私に付き合えと?」
「あったり〜!!」
にぃっとシードが笑い、ワインのボトルをクルガンに渡すと備え付けのサイドボードにグラスを取りに行った。
渡されたワインのラベルを見て、クルガンは感嘆の声を漏らした。
「ほぅ、グラスランド産の高級ワインか…。お前にしては珍しいものを持ってきたな。」
「かなりの代物だろ?」
「ああ…。よく手に入ったな…。」
嬉しそうに目を細め、クルガンが言う。
そんなクルガンの様子に満足して、シードはポロッと口を滑らせた。「おう!あの飲み比べを征するのはかなりのくろ…う…。」
「ほぅ…飲み比べ…。」
別の意味でクルガンの目が細まった。
ワインのコルクを抜く途中の格好でシードは静止した。青ざめた顔で…。(や、やばい…。)
何か誤魔化す術は無いものかと周りの視線を巡らそうとした時、静かな怒りを含んだロウバリトンが嫌に近く聞こえた。
「シード…。」
びくぅっ
冷や汗が流れる。
もう、誤魔化しは効かないだろう。いや、元々シードがクルガンを騙し通せる事など到底無理な話だ。
「シード……行ったのか?酒場に…。」
静かな分だけどのくらい怒っているか測り辛いが―――こ、これはかなり怒ってる…よな…。―――冷や汗が先ほどよりも量を増して流れた。
(……正直に答えた方が身のため…か…。)
「………行った。」
決めるが早いか、言うが早いか。消え入りそうな声でシードは答えた。
はぁ……。クルガンの口から盛大なため息が漏れる。
「あれほど一人で酒場には行くなと言っておいたであろう…。」
(お前を狙っているの者が山ほどいるというのに…。)
そう思っているとは到底思えない程冷静な口調でクルガンが言う。
「う、いや…だって…その……い、いいじゃねーか別に…ガキじゃね―んだし…。」
ピクッとクルガンの片眉が跳ね上がった。
(し、しまったああぁぁぁ〜〜〜〜〜!!!墓穴…掘っちまった…。)
心の中で絶叫するシードを尻目にクルガンは冷ややかに言った。
「そう言うことを言っても良いのか?」
「うっ……………。」
あくまでも静かな口調で言うクルガンにシードは身の危険を感じた。「ん、ん…んっ……!!」
強引に引き寄せられ、強引に唇を塞がれ…。シードは抵抗する暇も無くソファーに沈められていた。
講義しようと開いた唇から歯列を割り、クルガンの舌が侵入してくる。
舌を絡め取られ、言葉は全く意をなさなかった。只、甘い吐息が鼻腔から漏れるだけ…。そのままクルガンにされるがままになっていたが、クルガンの手が下肢に伸びて来た時、シードは我に返った。
「ちょ!!やめ…すとー――っぷ!!!!!」
まさかここで拒まれるとは思っていなかったらしく、クルガンはあっさりとシードに押し返された。
聊かむっとした様子で無言のプレッシャーをシードにかける。
(う…ひ、怯むもんか…!!)
クルガンの無言の重圧に押されながらも、俯き加減に言った。
「わ、悪かった!!俺が…悪かった。」
「……反省しているか?」
「してる…。」
シードの返事に満足したのか、クルガンの表情が先程とは打って変わり、和らいだ。
(うわぁ…。俺って…クルガンのこういう表情に弱いよな…。)
そんなことを思っていると…。
「大体お前は酒に強いという自信を持ち過ぎだ。自信過剰は戦場で命取りになるのはお前も重々承知しているであろう。これも同じだ。酒に強いと言う自信に溺れ、酒を飲むつもりが酒に飲まれるという事も考えられるであろう。」
「……………………。」
「この間も飲み過ぎて酒場で乱痴気騒ぎを起こし、挙句の果てに立てなくなって…私が迎えに行っていなければ一体どうなっていたことか…。」
くどくどと説教をするクルガンにシードは思った。
(前言撤回。説教は嫌だ。…説教が長いのはオヤジの証拠だ…えろおやじ…。)
「シード、聞いているか?何ならもう一度…。」
「わっ、わっ!!もういい!!聞いてたからもういい!!!」
「…そうか、ならば良い…。」
半分も聞いていなかったであろうという事は長年の付き合いとシードの性格からわかっていたが、いつもの事だと思いあえて何も言わなかった。
(十分反省しているようだしな….)
「では…」
そう言って何事も無かったようにシードの服にクルガンが手を掛ける。
「のわぁ〜!!!す、ストップってば!!!」
クルガンの手を払いのけながら後退る。
「折角いいワインが手に入ったのに飲まねーのかよ!!」
(クルガンが好きそうなヤツが手に入ったのに…。)
おあずけをくらい、不機嫌ながらも―――まあ、ワインを楽しんだ後でも良いか…。―――と思い直し、クルガンは大人しくワインを賞味することに決めた。栓を抜くとコルクから甘いワインの良い香りがした。
グラスに注がれたワインの色は赤。深く、美しい色だった。
そして、何より透明度が高く、造った者の苦労が伺えた。
「乾杯。」
グラスを合わせ、口に含むと甘い香りが鼻腔を抜け、舌には味わい深い年代物の味がした。
「良い味だ…。」
「だろ?」
クルガンの呟きに、ワインに負けないくらい深い紅の瞳を輝かせシードが言う。
「…美しい色だ…。」
「そうだな、良い色してるよな…。」
シードのずれた反応にふっと笑いながらクルガンはシードの瞳に口付けた。
「私はこちらのことを言ったつもりだが?」
「☆◇△□〜〜〜!!!」
口をパク付かせ、頬を紅潮させ後退りするシードにクルガンは平然と言う。
「飲むのではなかったのか?」
「〜〜〜。」
(こ、こいつ…俺で遊んでやがる…!!!)
ニヤニヤと笑うクルガンに、むかむかと言い様の無い怒りが込み上げてきて、シードはグラスのワインを一気に口内へ流し込んだ。
「そんな飲み方をしていると体を壊すぞ?」
呆れた風にクルガンが言う。
「う、うるせ〜ひっく…あ、あれ…っく…。」
(いっぱいで酔うわけねーのに…???)
働かない頭で懸命に考える。
そんなシードの疑問に答えるようにクルガンがため息混じりに言った。
「酒場で飲み比べをして、走ってきてはそうなることは必至であろう…。」
シードに返す言葉は最早なく、止まらないしゃっくりを繰り返していた。
やれやれ…とクルガンがワインを口元に運ぼうとして、ふと何かを思いついたらしく、にやりと笑ったのを、そっぽを向いていたシードは気がつかなかった。「シード。」
呼ばれてシードが振り向く。
「うまいワインの飲み方、教えてやろうか?」
「……はぁ?」
突然のクルガンの言葉にわけがわからないと言った風に間の抜けた顔をする。
シードが何かを言う前にクルガンはワインを口に含むと深く口付けた。
「ん…んぐ…?!」
じたばたと抵抗をしてみたが、酔っている上クルガンに適うわけが無く、次第に大人しくなっていった。
シードの口腔にクルガンの舌と共にワインが入って来る。
(あ…甘い…熱い…。)
ワインに酔ったのか、クルガンの口付けに酔ったのか…。シードには最早わからなかった。
シードの口内を思う存分味わってからクルガンは口唇を放した。
「シード…。」
囁きながら唇をシードの首筋、胸へと落としてゆく―――が、全く大人しいシードに疑問を持ち、顔を上げると…。
「…シード?」
シードは酔いつぶれていた…。
「………。」
全く予測していなかった事態にクルガンは只只呆然とするしかなかった…。
しかし、すぐに気を取り直し、シードを抱き上げると寝室のベットへ運び、自分も横になる。
試しに頬を突付いてみるが起きる気配は全く無く、すーすーと静かな寝息を立てて熟睡してしまっていた…。
はぁ…と深い深いため息を吐くと、シードの耳元で一言囁き、クルガンも眠りについた…。
久々に美味いワインを楽しんだ…
THE END
∞後書き∞
初のクルシーSSです。
今思うと…恥ずかしいような…新鮮なような…。凄く複雑な気分ですね…。
でも、これを踏み台に頑張ってきます!!HOP STEP JUMP!!
ワインって本当は(グラスを合わせる)乾杯をしてはいけないのですが…。
その辺は…えと…その…大目に見ておいてく下さいv(爆)