その日、こしあん軍率いるまんじゅう船船内では、珍しい出来事が起こっていた…。
ざわめく人込みの中、もっと言うなら食堂前でこの船の中で1番目撃率が低い人物が座っているのだ。…食事時でもないのに、用もなく。しかも真剣に。
その珍しい人影を見て、辺りはいつになくざわめき、かつ言い知れない緊張に満ちていた………。


「…話しが、アリマス」




―――事の元凶は、数時間前に遡る…



テッドに割り振られた広くもないが狭くもない部屋(でもやや狭い寄り)の中、いつものようにこの軍リーダーが遊びに来ていた。
…いやもう、むしろ寝泊まりはここでしているのだから、暮らしていると言ってもいいのかもしれないが…日中はテッドにも一人の時間が設けられているのだから、遊びに来ているとしておこう。…大概は遊びや仕事と称して連れ回されているが、テッドが一人になりたい時にはきちんと一人にしておいてくれる…時もあるのだ。
そのまんじゅう船の主、柔らかな淡い茶の髪に海色の瞳が印象的な少年、カイカは今持参のお茶セットでテッドにお茶を入れていた。
ベットに寝転んだままのテッドからは、その表情は見えないが、いつものように無表情で(でも楽しそうなオーラを振り撒いて)入れている事だろう。
少し手つきは危なっかしく見えるが、元小間使いなだけはあって、すぐに部屋の中にお茶の良い匂いが漂って来る。

(…これで、茶菓子がまんじゅうじゃなきゃな…)

本心から楽しみにしていると言えるのだけれども。
テッドがそう溜息をついた時、お茶を入れ終わったのかカイカがこちらを振り返った。

「!」

―――カイカの口元は、切れたのか、赤く腫れ上がっていた…。
それは、ほんの僅かな傷であっても、間違いなく拳大の物や何かの箇所が勢いよくぶつかった…はっきりと言うなら、殴られたような痕跡だった。

「カイカ!?お前…!」
「?」

ベットから跳ね起き、カイカの顔を掴むとまじまじとその痕跡を見る。
戦闘での負傷ならば、サポート役としてついているヤブ医者が治す(有料・ツケ払い)だろうし、戦闘には大概自分が参加している。…ので、今日は戦闘がなかった筈だ。
事故で出来た傷だとしても、すぐに周りの人間が治す筈だし…残る可能性は、自分で作った傷だという事だが―――…。

「…その傷、どうしたんだよ?」

この尋ね方なら、自分で作った傷という事だと「転んだ」とでも返事を返す(こういう事でカイカは嘘をつかない)だろうと踏んだテッドだったが、

「…!」

カイカは珍しくも動揺を露にし、首を振ってテッドの手を振り払うと―――そのまま走ってテッドの部屋から出ていってしまった…。――――大好物であるまんじゅうまで置いて。(しかも今日は何故か、いつもより山盛り持って来ているのに)

「…………」

今までにないカイカの行動に、テッドは―――――…




現在に至る。





(ひゃぁあ〜;テッドが棒読みの敬語使ってるよーっ;)
(普段よりも、余計に冷たさを感じます…)
(あれは怒ってんなぁ〜…;理由はわかんないけどな)
(ああ、怒ってるな…誰が話しかける?;)
(あたしヤダ!;)
(私もです)
(俺も嫌だな)
(俺もだ…;)

普段、テッドを気楽にからかっている元カイカ保護者集団さえそうなのだ。他は押して知るべしだろう。

「どうした? そんな敬語を使って、あの船に乗ってた時以来だろう?」

唯一動揺がなかったのは、霧の船のイベントに連れられて行ったキカのみだった。…この時程、キカが食事を取りにここに居てくれた事を喜んだのは、一同初めてだろう。気持ちは皆「キカ姐様ーっ!」「姐御〜!ついて行きますぜー!」といった感じだ…。
そしてテッドは、ちらりとキカを見ると口調だけは普段に戻し、再び視線を不特定多数に向けるものにした。


「カイカが…」



「「「「「カイカが誰かに殴られた(かもしれない)ー!?(しかも問い質したらまんじゅうを置いて逃げた!?)」」」」」

むしろまんじゅう放置の事実に動揺する一同だ。

「ああ…」
「でもさっ、訓練とかでついたんじゃない?」
「ラズリルにいた頃も、よく訓練で傷は負っていましたし…」
「結構ハードだったからなぁ〜」
「相手も自分も傷塗れって事はよくあったぞ?」
「…カイカに傷を負わせた時は?」

「「「「 風
    水の紋章  で治療。
    おくすり×2       」」」」

負傷してもすぐに治療される。…他のメンツでも押して知るべしだろう。
一同、顔を見合わせて納得した。

「そっかー;ラインホルトさんのとこだって、治療してくれるしね〜」
「きちんとサポートにユウ先生もついていますし、」
「大体カイカが怪我してて、ほっとくヤツなんていないだろ〜?」
「そうそう、スノウ以外な(笑) 別に悪気はない…」

んだが、気が回らないからなぁとケネスが続けかけた時…………テッドの姿が忽然と消えていた。

「…あれ?;」
「話している間に甲板へ行ったみたいだぞ、」

と、キカ。

「甲板って…;」
「まさか…」


―――すぐに戻ってきたテッドには、微妙な返り血がついていた………。こう、青い服に点々と血の飛沫が僅かに飛び散っている感じの…。

(スノウーッ!!;)
(本気です…)
(ヤバイ…下手な事言うと殺られるぞ…)
(というかオレのせいでスノウはどうなったんだ!?)

誰もそれを問い質す勇気はない。
しかも、テッドがここに再び戻ってきたという事は、犯人は当然スノウではなかったという事だろう。…すばり冤罪である。
そんなにカイカの事が心配なのか〜?憎いねっ過保護な色男!ひゅーひゅー☆…などと揶揄ろうものならば、今の彼であれば、一瞬で綺麗さっぱり命を絶ってくれるだろう。…その右手の紋章で、

「……………」

話しの続きを促すようなテッドの視線に、参加者もどっと増えた「カイカに怪我をさせた犯人を捜そう」会議の面々は緊張も露に口を開く。

「状況をまとめてみるか、」
「はいキカ様っ ひと〜つ、カイカのヤツが傷を負ってる(しかも顔)、ふたーつ、その傷を治していないこと、最後に原因を聞いたら答えずに逃げ出した事ー」
「その事から導き出すとすれば、カイカ様の事に無頓着で、かつ、カイカ様がその元凶である筈の人物を庇うまでの仲、という事ですね」
「原因が人であるなら、そういった人物像になるな」

キカが頷く。
海賊集団の意見で彷彿する人物と言えば―――


…テッドに視線が集まった。


「…テッド!」
「お前…!」
「まさか…!」

「―――…何でそう言う話になる…(怒)」

状況推論(物的証拠なし)から導き出されただけの結論に、テッドの額に青筋が浮いた。






テッドは現在怒っていた。
仮にも恋人(期間限定)が、理不尽な暴力を振るわれたかもしれないともなれば、冷静でいられる方がおかしい。
…特にカイカは、元々小間使いという経歴がある為に、理不尽な暴力を奮われても抵抗をするという考えは思い浮かばないだろう…。
自分が代わりに怒って何が悪い!というそんな怒りで、テッドは犯人を血祭りにあげる気満々だった。

―――しかし、よりにもよってその犯人が自分だとか抜かしやがる連中がいた。

これはもう腹立ち紛れに、血祭りにあげてしまってもいいだろう…。
そう(頭に血が上った)テッドは考えた…。



ピリピリと殺気が満ち溢れた船内…それを何とか止めようと、騎士団を代表してジュエルが叫んだ。

「待って!待って!待って!; 別にあんたがサドとかDVだとか言ってるんじゃなくて!わざとじゃなくても、寝ぼけてやったとかあるでしょ!?」
「………」

何か色々と聞き流せない事を言われたが、…まあ確かに、テッドもカイカも寝相が悪い。その為、寝ぼけて狭いベットから落ちていた事もあるし、踏まれた事も頻繁だ。
その時に出来たものだとしても…

「…じゃあ、どういうつもりで逃げたんだよ?」

しかもまんじゅうを置いて。
…そこが問題だった。

「つまり…、カイカは貴方に暴力を奮われたショックでまんじゅうも食べれない程に、心に傷を負ったんじゃありませんか?」
「それが事故であれ、わざとであれ、な…」
「端っから犯人扱いかよッ!?(怒)」

テッドが怒鳴る。

「そういう訳じゃないんだけどなぁ…」
「あんまりにも犯人像に近いからさぁ〜;」
「大体っ(怒)、朝見た時には傷はなかった筈だ!」

バンッ!と机に手を叩き付けてテッドが断言すると………周りでひそひそ話(でも聞こえる)が始まった。
イメージで言うと、―――まあいやだっ朝まで一緒ですって!惚気ですわねぇ奥様っ―――…という具合に……。

(そうか…ただ単に喧嘩を売りたいだけか…―――上等だッ!買ってやる!)

喧嘩っ早い所のある150歳、テッド…。
いつもの調子に戻った為、一同安心したのか、いつもの調子でからかっているが………即座に瞑府を使おうとしている所を見ると、依然彼はキレっぱなしである。

危うく船内で死人が出かけたその時、―――エレベーターのドアがガァっと開いた。

「あ。」

そこに現れたのは話題の主、カイカで、誰ともなく声を上がる。
カイカの腕には、置き忘れた物であろうまんじゅうが抱えられており、話通りにその口元には負傷があった…。

「カイカ〜」
「?」

こっちこっち!と、騎士団メンバーが手を振るのを見て、カイカは呼ばれるままに駆けて来た。
辺りには行き場をなくした殺気が満ちているが、この際、原因は本人に聞いた方が早い。

「カイカ、その怪我どうしたの?」
「?」
「口の所だよ、何でそんな所に傷が出来たんだ?」

ここ、と騎士団員は一様に口の端を指で示して、原因について尋ねる。それに対して、カイカは答えようと、口を開いたが―――ハッ!とした表情(でも無表情)になって、再び口を閉ざした…。
そう…………テッドの姿を見て、

カイカはひた、とテッドを見据えると、ぎゅっとまんじゅうの詰まった袋を胸に抱き込んだ…。そして一言、


「――――言えない、」


珍しくも真剣なその表情は、何かあったと勘繰らせるのには充分なものだ。

「なっ…!?」
「「「「「「お前かーーーーッ!!!!!(怒)」」」」」」


絶句するテッドに、船員達は――カイカの負傷をじかに見た事もあり――ブチ切れた。
いきなり戦闘をしかけてきた船員に、テッドは「するかッ!(怒)」と弁明する事もなく…迷わずその喧嘩を買った。
もう、何とも言い様のない様々な葛藤やら、理不尽にも犯人に仕立て上げられた怒りやらを、八つ当たりで発散する事に決めたらしい………。


 





黒い影が船内を踊るように舞い飛ぶ中…。カイカの拙い言動を読み取るのは、一筋縄では行かないと知る元騎士団員達は、戦闘に巻き込まれないようにしゃがみ込みながら、カイカの元へと集まった。…早く解決しないと、テッドが死人を出しかねない。(何だか影の中に引きずり込まれている船員もいるが、まだ多分無事だろう)

「ほら、カイカ。今ならテッドにも聞こえないから、早く言っちゃいなよ?」
「言いにくいなら、耳打ちでも構いませんから」
「…」

窺うような眼差しで見てくるカイカ(でも無表情)を、女性陣が笑顔で宥めすかす。
それをケネスとタルは、男には出来ない技だよなぁと、笑顔で見守っていた。…辺りは凄惨な死闘の最中だが。
そしてカイカも意を決したのか、そ〜っとジュエルとポーラの耳元に顔を寄せる。

「ふんふん?」
「ああ…」
「なるほどね〜」
「そういう事でしたか、」

女性陣が納得した理由というのは、こういうものだった―――…



カイカはテッドにまんじゅうの食べる量を制限されている。
しかし、カイカはまんじゅうが大好きだ。
テッドと比べたなら、それはテッドを選ぶだろうけれども、それでもまんじゅうの事が大好きだった。
そして、まんじゅう船船員達からこっそりと、まんじゅうをいただいている。
大好きなまんじゅうをだ、
しかしそれは食べる量を越える程の個数な為、貰ってすぐに食べる訳にもいかない。
カイカは、部屋にある宝箱の中にまんじゅうを隠していた。無論、テッドにバレないようこっそりと…。
日一日と増えるまんじゅう…
カイカはそれを単純に喜んでいた。
しかし、箱には容量というものがある訳で、宝箱は限界を迎える寸前だった。

『…(♪)』

今日のおやつの時間に、保管していたまんじゅうを食べようとしたカイカは宝箱のカギを開いた。
ぎゅうぎゅうにまんじゅうが詰まった箱を、カチリと。
………バン!!と、物凄い音と共に、カイカの顔面は宝箱に襲われた………。


これが事件の全貌である。




「………まあ、何だな…」
「事故だったんだな…」
「カイカもテッドに怒られるのが嫌で黙ってるなんて、大人になった(?)よね〜?」
「怒られるというよりは、嫌われるのが嫌だったのではないでしょうか?」

未だ狂乱の続く辺りを見ながらも…一同は納得したように頷く。
隠し事や嘘をつくのは、知性の発達の証とは言うものの…今この現状を見る限り、あまり歓迎できる成長ではなかった………。

「さあっ、あたしはスノウの様子見に行こうっと〜;カイカ〜ちょっと恐いからついて来てー;」
「…?(こっくり)」
「私も一緒に行きます」
「じゃあオレらは、適当な所でこの騒ぎを止めておくからな?」
「いつ止めるか…というかどうやって止めるかが問題だな;」

テッドか船員…そのどちらかが沈没するまで待つのが最良だが、さすがに海賊はしぶとく粘り強く戦っていた…。
テッドは風の紋章まで駆使して誰彼構わず薙ぎ倒しているし……当分死闘は収まりそうになかった。



――――とりあえず、後ほど真相を知ったテッドがカイカを怒鳴りつけた事は、言うまでもない。

 

 

 

 

 

100101番キリリク、『4主とテッドのドタバタラブコメディ』です♪

ドタバタ…いつも通り、

ラブ…勘違いすれ違いの心配

コメディ…全体。

いつも通りに書いてみました…が、これでクリアー出来ているのかいないのか…(吐血笑)