「こんにちは〜っ!!!」

今日もグレッグミンスターの街に、アリシラの大声が響き渡る。
通りを行く人々は、もはや日常の風景と化してしまった光景に、目を向けようともしない。
ややあって、扉の向こうから足音が響いたかと思うと扉がゆっくりと開かれた。

「あ・・・いらっしゃい、アリシラくん」
「あれ?クレオさん?あ・・・こんにちは」

アリシラが、ぺこりと頭をさげる。
いつもの「お目当て」の人が出迎えてくれるのかと思っていたのだが・・・・・・

「あの、クレオさん・・・・・・」
「あぁ、アリムラ様?いらっしゃるんだけど・・・今はちょっと・・・・・・」
「?」

どことなく不安げなクレオの言葉に、アリシラは不思議そうな顔をしてみせる。
確かに、いつもなら直接アリムラが出迎えてくれていた。
屋敷にいるのに顔を出さないというのは、何かあるからなのだろうが・・・

「とにかく、せっかく遊びにきてくれたんだし、あがっていってちょうだい。お茶くらいご馳走するから」
「あ、はい・・・・・・」

クレオに促されて、アリシラは中へと入る。
客間に通されて、クレオに淹れてもらったお茶を飲みながら、何気なくアリムラの気配を探ってみたのだが、声も聞こえなければ、この館の中を歩く足音さえも聞こえない。
ずっと部屋にこもっているということなのだろうか・・・
アリシラが来ているというのに、部屋から出てもこないことなど、今まで一度もなかった。

「あの・・・クレオさん。アリムラさん・・・どうかしたんですか?」

アリシラの言葉の中に、何か心配そうな雰囲気を察したのか、クレオは苦笑しながら答えた。

「ちょっと風邪をこじらせたみたいでね・・・もともと、あまりお身体の強い方ではないから。しばらく熱がさがらなくて、お部屋でまだ寝てらっしゃるの。伝染しちゃいけないから、治るまで誰も部屋にはいれるなと言付かっているんだけど・・・」
「そんなにひどいんですか?」
「あぁ・・・大丈夫よ。熱がかなり高いから苦しそうだけど、リュウカン先生にも診ていただいたし、お薬ももらったから、すぐによくなる・・・」
「苦しそうにしてるんですか!?」

クレオの言葉が終わるのを待たずに、その中の一単語に反応してアリシラが大声で問い返す。
そうしてから、同じ階にアリムラが寝ていることを思い出して、慌てて口をふさいだ。

「あ、あの・・・クレオさん・・・・・・」
「本当に大丈夫よ。少し休めば、よくなるから」
「う・・・だけど〜・・・・・・」

アリシラにしてみれば、自分の目で確かめないと、どうしても大丈夫だと納得できないらしい。
何を言っても聞き入れようとしないアリシラに、クレオは一つ溜息をついた。
恐らく、アリムラが「誰もいれるな」と言っていたのは、アリシラ限定でのことなのだろうけれど・・・
伝染したくないというのも、彼に対しての思いやりなのだろうけれど・・・

「アリシラくん。そろそろ、氷枕変えてあげなくちゃいけない時間なの。私は、リュウカン先生からいただいた薬の準備をしなくちゃいけないから、代わりに行ってあげてくれる?」

とたんにアリシラは、顔をぱぁっと輝かせる。
替えの氷を手にして、あわてて廊下を駆けていく姿を、クレオは複雑そうな表情で見つめながら、一言ぽつりとつぶやいた。

「なんだか・・・テッドくんに似てるところがあるわね、あの子は・・・・・・」






アリムラの部屋の前に立つと、中から微かな咳き込む声が聞こえてきた。
自分で会いたいと無理矢理にここまで来たのだが、改めてためらわれる気がしてくる。
しかし、手にした桶の中の氷が溶け始めていることに気がついて、思い切って軽いノックをすると部屋に入った。

「あ・・・の・・・・・・アリムラさん?」
「・・・・・・・・・?」

扉のあたりに立ち尽くして遠慮気味に名前を呼ぶと、熱のせいか赤い顔が、ぼんやりと見つめてきた。
今さらながらに、どことなく気まずくなってしまったのだが、自業自得。

「大丈夫ですか?」
「・・・・・・??アリシラ???」

ほとんど意識など、ないのだろう。
かろうじて開かれている目の焦点が、まったく合っていない。

「え・・・と・・・・・・氷替えるように持ってきたんだけど・・・」
「こおり?」
「あ・・・っと・・・とりあえず、身体起こしてもらっていいですか?」

なんとなく困ったように頼んでみるが、まるで反応を示してくれない。
自分の声が聞こえているのかさえも怪しい。
アリシラは、しばらく悩んだ後に遠慮がちに手をさしのべた。

「ちょっと失礼しますね」

背中の方に腕をまわして、ゆっくりと上体を抱き起こす。
頭の下にあった枕を抜き取って、もう一度身体を横にさせた。
氷が完全に溶けきってしまって、水だけになっている枕の中身を捨てて、持ってきた氷に入れ替える。
作業を続けながら、アリシラは横目でアリムラを見つめた。
浅い呼吸を繰り返しながら、時折咳き込み、苦しそうに呻く。
さっき抱き起こした時も、身体の力が抜けきっていて、腕に彼の体重そのままの重みを感じた。

「・・・・・・・・・苦しいんだろうなぁ・・・」

ぽつりと呟き、冷たく冷やした枕を手にすると、もう一度アリムラのところへ戻る。

「アリムラさん、氷替えましたから。起き上がれますか?」

ムリだろうとは思っても、一応聞いてみる。
熱のせいなのだろうが、少し潤んだ瞳が、じっと見つめてきた。
答えは返ってこない。

「・・・・・・もう一回、失礼します」

一度困ったように視線を泳がせて、アリシラは、もう一度アリムラの身体を抱き起こした。
氷枕を置いて、元通りに身体を寝かせてやると、確かめるように掌を彼の額に当ててみる。
感じる熱さに眉をひそめて、アリシラは天井を見上げた。

「そろそろ、クレオさんが薬持ってきてくれると思いますから・・・少しの間、我慢しててくださいね」

聞こえていないと分かっているのだが、アリムラの耳元で囁いてみる。
彼が目を閉じて、やがて静かな寝息が聞こえてくるのを待ってから、アリシラは部屋を出た。
階段を下りる途中で、薬を持ったクレオと鉢合わせる。

「あ、アリシラくん。どうもありがとう。桶は、そのへんに置いといてくれればいいから」
「あ、はい・・・あの、他に何かできることってありませんか?」
「でも・・・お城の方に戻らなくていいの?もう日も暮れちゃうし・・・」
「今は、急ぎの仕事も会議も、何もありませんから。なんか、アリムラさん心配だし・・・」

クレオは、一度アリシラの顔をじっと見つめると、何がおかしかったのか、くすくすと笑い出した。

「あ・・・あの・・・?僕、何かおかしなこと・・・・・・」
「あぁ、違うの。ごめんなさい、そうじゃなくて・・・ただ、あんまりにも似てるから」

くすくすと笑ったままで、クレオが答える。

「アリムラ様の親友だった子に、そっくりなのよ」
「・・・そうなんですか?」
「その子が、まだここにいた頃にも、アリムラ様、今みたいに熱を出したことがあってね。その時も、その子がアリムラ様のそばについててくれたの」
「・・・・・・・・・」
「そうね。風邪をひくと人恋しくなるっていうしね。そばについててあげてくれるかしら?」

薬をアリシラに手渡しながら、クレオが笑う。
手の中の薬とクレオとを交互に見やって、アリシラも笑った。
そのまま、くるりと向きを変えて、下りかけていた階段を、もう一度上がる。
アリムラの部屋の前で立ち止まると、扉の奥から聞こえてくる物音に気を配る。
何も音がしないから、寝ているのだろう。
起こしても悪いと思い、ノックはせずに、ゆっくりと扉を開けた。
「あ・・・あれ?」

アリシラが部屋の中に入ると、アリムラは上体を起こした状態で、ベッドに腰掛けていた。
まだ顔も赤いし、視線がぼんやりとしているところを見ると、熱がさがったわけではないらしい。

「ア・・・アリムラさん?寝てなくて大丈夫なんですか?」

慌てて声をかけると、ゆっくりとアリムラがアリシラの方を向く。

「あ・・・アリシラ?やっぱり、さっき来てくれてたのってアリシラなんだ?ごめんね、熱高いから、ぼーっとしちゃってて・・・あんまり覚えてないんだ・・・・・・」
「まだ熱さがってないじゃないですか!?寝てなきゃダメですよ」

アリムラの額に掌をあてて、さきほどとまったく変わりのない熱を感じて、アリシラが声を荒げる。
しかし、アリムラは首をふった。

「ここのとこ、ずっと寝てばっかりだったからさ。寝すぎで、身体の節々が痛んできちゃってるみたいなんだよね。少しくらいなら起きてても・・・」
「ダメですっ!!ほら、ちゃんと横になってください!!!」

アリシラがアリムラの肩のあたりに手をかけて、そのまま力任せにベッドの上に押し倒す。
それこそ、こんな体勢だと抵抗されるかとも思ったのだが、意外にもアリムラは、じっとアリシラに従っている。
熱のせいで、正常な思考が働いていないのだろうが・・・・・・

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

しばらくそのままでいると、逆にアリシラの方が気恥ずかしくなったのか、ぱっと身を離す。
口ごもりながらも、一言謝るのだが、アリムラからはまったく返事がない。
いつも、怒るか笑って受け流されるかのどちらかだったのに。

「・・・あ・・・とにかく、薬飲まなくちゃいけないですよね。これ、もらってきたから・・・」

アリシラが、もう一度アリムラの傍まで近寄って、薬と水を手渡す。
アリムラはのろのろと身体を起こしてそれを受け取るが、なかなか飲もうとしない。
苦いのがイヤだなんて、そんな子供っぽいことを考えているわけではないのだろうが、手の中の薬を見つめたまま、ぼぉっとしている。
かろうじて意識はあるようなのだが、やはり思考の働きがにぶっているのだろう。
アリシラは、一度迷ったように視線をさまよわせたが、覚悟を決めたようにアリムラの手の中の薬を睨みつけた。
さっきから、何をしても一切の抵抗がないのだから、この際大丈夫だろう。
大丈夫、大丈夫・・・下心があってのことじゃないから・・・・・・
自分で自分に言い聞かせて、アリシラはアリムラの手から薬の包みと水の入ったコップを抜き取った。
薬の封をきって、中の粉末をアリムラの口に含ませると、むせる前に口移しで水を流し込む。
白い喉が小さく音をたてて、それを嚥下するのを待ってから、ゆっくりと身をはなした。
どんな顔をされたかと思って、恐る恐るアリムラの表情を伺ってみたが、ぼぉっとこちらを見ているだけで、何の反応も示してはいなかった。
アリシラは、ふぅと一つ溜息をついて、アリムラの身体をベッドの上に横たえた。
そのまま、沈黙が訪れる。
アリシラの手は、所在なさげにアリムラの髪を遠慮がちに梳いていた。
アリムラも、それを厭うわけでもなく、身を任せている。
時間がたって薬も効いてきたのか、しだいにアリムラの意識もしっかりしてきた。
アリムラが目を覚ました気配を感じ取って、アリシラが少し戸惑ったように問い掛けた。

「ねぇ、アリムラさん・・・・・・苦しい・・・ですよね・・・」
「ん?まぁ・・・こんな状態が、ここしばらく続いてるからね・・・でも今は、だいぶいいよ。ずいぶん楽になったし。アリシラのおかげだね」
「・・・・・・あなただけが、そうやって苦しんでるのって・・・なんか嫌だな・・・」

アリシラは、そう言ってアリムラの顔をのぞきこんだ。

「そんなこと言われても・・・・・・」
「僕が、半分でも苦しいの代わってあげられたら・・・あ・・・・・・」

そこまで言って、アリシラは何かを思い出したかのように手を打った。
急にアリシラの目が、怪しい光を帯びる。

「ア・・・アリシラ?どうしたの?」
「アリムラさん!そーですよ!!僕、思い出しました」
「な・・・何を?」
「風邪は、人に伝染せば治るんです!!!」

ずばっとアリシラは、そんな迷信を確信をもった表情で言ってのける。

「え・・・あの、アリシラ・・・それは・・・・・・」
「そうすれば、アリムラさんは風邪治るし、僕があなたの苦しみを代わってあげられるし!!」
「いや、だからね・・・気持ちは嬉しいんだけど、それは間違っ・・・・・・」
「じゃぁ、早速伝染してもらいましょう!!!」

アリムラの言葉も聞かずに、アリシラは何を思ったか、ベッドの上にのしかかる。

「え?え??え???」
「それに、風邪ひいてる時はあたたかくして汗をかくのが一番だっていいますもんね♪」
「え?あ・・・あの・・・ちょっ・・・?」

いつの間にか、自分の身体の上に覆い被さってきた身体を押しのけようとしたのだが、まるで腕に力が入らない。
頭もぼぉっとして、何もかもがどうでもよくさえなってくる。
アリムラは、諦めたようにアリシラに身体を預けた。
これは、きっと熱のせいだと自分に言い聞かせて。
正直、かなり手馴れた様子のアリシラのおかげで、身体がすっかり甘く痺れてしまって動けなかったのだけれど。
いつもと違って、まったく抵抗しようともせず身体を預けてくるアリムラに、アリシラは満足そうに笑った。
熱っぽい身体をしっかりと抱き込んで、しばらくベッドの上で、若い獣同士のじゃれあいや戯れのような行為が続いた後、いつの間にか2人して眠りにおちた。






「アリシラ・・・大丈夫?」
「うー・・・あんまり大丈夫じゃないです〜・・・・・・」

翌朝。
昨夜までの熱が嘘のようにひき、けろりと元通りの万全な体調に戻ったアリムラだったが、代わりにアリシラが風邪をひいたらしい。
昨日までアリムラが寝ていたベッドに、赤い顔のアリシラが、ぐったりと横になっていた。

「あー、でも・・・よかったぁ・・・アリムラさん治って」
「代わりに君が風邪ひいてちゃ、意味ないよ・・・」
「平気ですって。僕は結構丈夫にできてるから、これくらいの風邪、すぐに治りますから」

かなり熱も高くて苦しいだろうに、アリシラはにっこりと笑って手を振ってみる。
そんなアリシラを見て苦笑しながら、アリムラは立ち上がった。

「氷持ってくるね。あと、薬も」
「あ、はい・・・すいません・・・・・・」
「昨日はアリシラが一日僕についててくれたから・・・今日は、僕がちゃんとアリシラのこと看て上げるからね」

その言葉に、アリシラは一瞬呆けたような顔を見せ、次にはこの上ないほどの嬉しそうな笑顔を浮かべたのだが、アリムラはそれを見る前に部屋を出て行ってしまった。
階段をおりながら、何となく考えてしまう。

「まさかとは思うけど・・・アレのせいで治ったってわけじゃないよね、多分・・・・・・」

耳まで真っ赤になりながら、困ったように頭をかく。
昨夜、自分がまったくアリシラに抵抗することもなく身を任せていたことまで思い出した。

「・・・・・・もう絶対に風邪ひいたりなんかしない・・・」

熱があった時よりも、さらに赤く火照った頬を両手で覆い隠して、照れたような決意の言葉をアリムラは、ぽつりと呟いたのだった。

 
カウンター4040(ゴロ→よれよれ)ゲットの陸海月様からのリクエスト。
「なされるがままの坊ちゃん」
いやぁ・・・なんとも、こっ恥ずかしい話に仕上がりましたわ。
はい、終盤書きながら赤面していたのは、何を隠そうこの私でございます・・・(-_-;)
何が一番恥ずかしいって、あのラストのオチが・・・坊の決意が!!!
まぁ、いやだ。なんて公序良俗によろしくないお話なのでしょうvvv(笑)オチ最低・・・・・・
海月様、いつもお世話になりっぱなしなのに、こんなんで申し訳ございません〜
一応、坊抵抗は一切してないので、リク内容は、かろうじてセーフ・・・ですよね?(かなり不安)
考えてみりゃ、ウチの2人ってば、交換日記じゃ、もうなんかアレだし、SSでも最近らぶらぶ度低下気味だし、なんなんでしょう・・・
ふぅ・・・とりあえず、いっぺんウチのWリーダーども、性格洗いなおしましょうか(笑)
海月様、こんなんでよろしければ、もらってやってください〜(逃)