涙の理由
「なあ、ジェイ、クルガンしらねーか?」
いつものように酒瓶を片手にクルガンの自室に訪ねたシードだったが、そこに探している同僚の姿は見受けることができなかった。
仕方なく自分の自室に戻り、ソファーに寝転がっていたシードの元にタイミング良く書類を持ってきた補佐官のジェイドに尋ねた。
「さあ…私は存じませんが?」
いつもの笑顔を湛えジェイドが言う。
しかし…。
「……怪しい…」
眼だけをジェイドに向け、一言呟く。
シードの獣じみた勘がジェイドの言葉を怪しいと感じていた。
「何を根拠に怪しいんですか!」
何のことだかサッパリわからないと言った風にジェイドが返す。
しかし、その額に一滴の汗が浮かんでいるのをシードは見逃さなかった。
「ジェイ…クルガンはどこだ?お前、知ってんだろ?」
ごろりと体の向きを変え、ソファーの上から睨みを利かせる。
隠し事をされると知りたくなる。
それが人間の心理…。
「あはは…シード様、失礼します!!」
空笑いをしながら後退ると、ジェイドは素早く退室を告げ…逃げた。
「あっ!!おい、こら、待てぇ〜〜〜〜〜!!!!!」
シードが慌ててソファーから身を起こしたときにはジェイドの姿は室内から消えていた。
「ちっくしょ〜、絶対ジェイドの奴クルガンがどこに言ったか知ってやがる!!見つけ次第とっちめて…ん?」
ジェイドを探し、城内をうろうろとしていたシードの耳に聴きなれた声がよく知っている部屋から聞こえてきた。
「クルガンの執務室?ははぁ〜ん、…あいつアスティアのところに逃げたのか…」
にやりと笑って、ドアノブに手を伸ばした。
が、中の会話が兆度自分のことだと気付くと、シードは盗み聞きをすることに決めた。
「どうしましょう…このままだとクルガン様の居所を吐くまで追いかけられ続けます…」
「誤魔化すしかないだろう…」
無碍も無くクルガンの補佐官アスティアが言い放つ。
「でも、完璧、疑われているんですよ…」
泣きそうな声でジェイドがアスティアに訴える…。
「……流石は猛将シード様…野生の勘か…」
「アスティアさ〜ん、しみじみ言っている場合じゃないですよ〜!!」
「だが、クルガン様に固く口止めされている以上真実はお教えできないんだぞ?」
「そうですよね、まさかクルガン様がお見合いをしているなんて…口が裂けてもシード様には言えませんよね…」
ジェイドが深く溜息を吐く。
「…そうだな…何か別の言い訳でも…」
そこまで聞いた時点でシードは頭の中が真っ白になった。
な…んだ…って? クルガンが…お見合い……?
俺に黙って?
しかも口止めって…?
どういうことだ…?
いろんな感情がごちゃ混ぜになり、気が付くとシードは走り出していた。
何処へともなく、行く当てもなく、飛び出していた。
ばたばたばたばたばた…
何かが遠ざかる音を聞き、アスティアはジェイドとの会話を打ち切り、ドアノブを回した。
扉を開いたアスティアが見たものは角を曲がる白い服の裾だけだった。
「まずいことになった…」
最悪の事態を予想し、アスティアは額を押さえ、呟いた。
気がつくとシードの足はクルガンの自室へと向いていた。
入るつもりもなかったのに扉を開く。
昼に来たようにやはり部屋の主はおらず、シードは物悲しくなった。
見渡すと寝室への扉が目に付き、そちらへ向かう。
震える手で寝室に設置してあるクローゼットを開くと見なれた軍服数着と共にあるはずの礼服一着が見当たらなかった。
「……本当なんだ、な…」
呟く声が揺れていた。
悪い思いを振り切るように頭を振り、クルガンのベットに倒れ込むように寝転んだ。
シーツからは何の温もりも感じられなかったが、クルガンの匂いがした。
目を閉じるとクルガンがそこにいるような気持ちになった。
冷静沈着で冷血漢の鉄面皮…。
堅物で、恋愛ごとなど全く興味なさそうにしてて…。
俺がどんなに必死に愛情表現しても返してくれることはなくて…。
そのくせ強引に俺を押し倒して、迫ってきて、無理矢理信じられないことをしてくる…。
普段のあいつからは思いもよらないほど情熱的な口付けを仕掛けてきて…。
その口付けに翻弄される俺を意地の悪い笑みを浮かべて見てくる…。
でも、俺の頭を撫でる手が優しいように感じられて…。
俺を抱く手が温かい気がして…。
気がつけばいつも隣にいて…。
いつだって側にいるのが当たり前で…
”対”と言われるのが嬉しくて…
切なくて…。
何だろう…何かが頬伝ってる…。
目頭が…頬が…熱い。
視界がぶれて…周りがよく見えないよ…。
喉の奥がひくひくとえずく。
鼻の奥もつんと痛くって…。
なぁ、お前のせいだぞ? クルガン…。
お前が俺の心の中の殆どを支配しているから…
埋め尽くしているから…。
俺があんまりにもお前のことを好きすぎるから…。
「クルガン…クルガンクルガン……!!」
出ない声を絞り出し、必死に愛しい男の名を呼ぶ。
返ってくる筈もないのに返事を待つ。
「くるがん…」
「お帰りなさいませ、クルガン様」
「ああ…」
執務室で出迎えるアスティアに疲れた様子で短く返事を返す。
「留守中何もなかったか?」
書類の束に軽く目を通しながらクルガンが問う。
「……シード様に知られてしまいました…」
一瞬口を紡んだ後、アスティアは正直に話した。
「…そうか」
無表情のままクルガンが言う。
「私共の不注意です、申し訳ありません…」
「いや、先に話しておくべきだったのだが…時間がなかったのでな、気にする必要はない。」
「…はい…」
暫しの沈黙。
書類に目を通し終えたクルガンがその沈黙を破った。
「この書類はこのままで良い、ソロン様の所へ提出しておいてくれ。」
「承知致しました。」
そう言ってアスティアが出ていった後、一つ溜息を吐くとクルガンは執務室を後にした。
カチャ…パタン
扉を開け閉めする音が聞こえた。
おそらくクルガンが帰ってきたのだろう。
そう思うとシードはベットから起き上がり、目元を擦った。
泣き疲れて何時の間にか寝てしまっていたらしい。
ぼんやりとする頭を無理矢理起こし、立ちあがる。
と、同時にクルガンが寝室へと入ってきた。
「ヒドイ顔だな…」
予想していたと言わんばかりに苦笑しながらクルガン言う。
「…………………」
返事を返すつもりはないらしくシードは無言でクルガンの脇を通り抜けようとする。
その腕を掴み、引き止める。
「…勝手に人の部屋に入っておいてその態度はないのでは?」
「悪かったな…」
一言そう言うとシードは腕を振り払い再び出て行こうとする。
「シード…」
呆れた様にクルガンが名を呼び、抱き寄せる。
「放せよっ!!」
その瞬間、シードは思いきりクルガンを突き飛ばした。
2・3歩蹈鞴を踏み、クルガンが少し驚いたような顔をする。
激しいシードの気性を表す美しい深紅の髪が今はその内情を表しているかの様に悲しげ見えた。
「いいご身分だな、知将さんよ…面白かっただろ?俺がお前の一言に意気消沈したり、右往左往する様を見るのは…!!お前にとって俺はいい玩具だったんだな!!」
傷つき、涙の滲んだ紅い瞳をクルガンに向け、激情のまま捲くし立てる様に言う。
「シード…」
「お前なんか…ささっと結婚しちまえっ!!!」
パン
シードの頬に鋭い痛みが走った。
気がつけばクルガンの手がシードの頬を打っていた。
「っつ…何すんだよ!!」
口の中が切れたらしく、口の端にうっすらと血が滲んでいる。
クルガン自身驚いたらしく、シードの声ではっと我に返る。
「いい加減にしろ、だいたい見合いをしたからと言って結婚するとは限らん。第一、私は『断り』に出向いたのであって、結婚するために見合い相手に会いに行ったのではない。」
静かに、だがきっぱりと言い放つクルガンにシードは自分の早とちりだったと気付き、素直に謝った。
「…………………ごめ…ん……」
消え入りそうな声で謝るシードをクルガンは抱きしめた。
「いや、私こそ悪かった…手を…出してしまって…それにもっと早くに言うべきだった…」
「ううん、俺が…俺も悪かったから…あいこ、な…」
クルガンの背に手を回し、頭を振るシードが今まで以上に愛しくて…
その顎を取るとそっと唇を寄せた。
「私にはお前だけだ…」
「…クルガン」
泣くものかと必死に押さえていたシードの眼から涙が零れる。
その涙を唇で拭ってやり、もう一度シードに口付けた…。

END
†後書き†
乙女モード全開…。(汗)
『泣きシード』ということでしたが、これで良かったのでしょうか?ゆきやなぎ様…。(^−^;)
シードを泣かすのは得意だ!!と大見得切ったワリには…と言う突っ込みはナシにして下さい…。(涙)
それにしましても、お見合い話はやはり基本でしょうか?(笑)
シードがお見合いするのも面白そう!!と、思ってみたり…。(爆笑)