Arabesque―賛辞―

 

 

 

 「っはぁ!!!」

 思いきり横凪に剣を振るうと揺れる紅い髪から幾つかの水滴が飛び散った。
 頬まで伸びた髪が汗によって張りつくのが気持ち悪く、一度手を止め、シードはその髪を無造作にかき上げた。
 大きく息を吐き、荒くなった呼吸を整える。
 その時、微かだが気配を感じた。
 シードは填めていたリストバンドを取ると、戸口に向かって投げつけた。

 がつっ

 鈍い音を立て、リストバンドが柱に当たった。
 鉄の柱に決して浅くない傷を残すとリストバンドは重力に引かれ、床に落ちた。
 その落下音から只のリストバンドでない事が伺えた。

 「出てこいよ…。」

 低く、静かに威圧する。
 その声に促されるが如く姿を現す一人の男。

 「よくわかったな。」

 銀の髪が室内の明るさに照らされ、背後の暗闇によく映えた。
 そして、黒い装束も溶け込んでいた闇からすっと露になる。

 「やっぱりあんたか…。」

 そう言ってシードは、ぎろり、と男―――クルガンを睨んだ。
 ちっと小さく舌打ちし、シードはクルガンに向きあった。

 「何だよ、笑いに来たのかよ?」

 自嘲気味に笑い、投げ付ける様に言う。
 そんなシードとは対照的に落ち着いた動作で訓練場に足を踏み入れるクルガン。

 「生憎それほど暇ではない。」

 表情を変えぬまま言う。
 その様子に聊かむっとし、シードが言った。

 「じゃあ、何なんだよ。」

 「さあ。」

 「……はぁ?」

 たっぷり間を置き、間の抜けた声をシードは発した。
 あっさりと吐かれた言葉は昼の彼からは全く想像もつかない言葉であった。
 この他人に対して無関心を決め込む男が理由もなく自分を見に来る理由がシードにはわからなかった。
 なんと言って良いかわからず、ただ唖然と目の前の男を見るばかり。
 クルガンはシードの様子を気にするわけでもなく、訓練場の片隅に掛けられている剣を見ている。
 そんなクルガンにシードは昼間の事など忘れてしまっていた。
 そして、緊張が解けたようにはにかんだ笑いをクルガンに向けた。

 「変な奴…。」

 「お前に言われたくないな…。」

 真顔で返すクルガンをシードは更に笑った。
 俯き加減に笑うシードにクルガンは一瞬目を奪われた。
 美麗な笑いだった。 

 

 不思議な人間だ…

 半日前に完膚なきまでに叩き伏せた者を相手に警戒心を完全に解いて笑うシードを見てそう思った。
 クルガンにとってシードは今まで見たことのない種の人間だった。
 クルガンの中でまた、シードへの興味が深まった。

 

 「昼間の手合わせでオレの自信は砂の山。暇なんだったら責任とって相手しろよ。」

 肩を竦め、訓練場の隅に置いてある剣を顎で指す。
 その表情は面白い玩具を見つけた子供そのものだった。

 「言ったであろう?暇ではない、と…。」

 クルガンはシードに背を向け、言った。

 「ちっ…。」

 シードの舌打ちに苦笑し、出口へと向かった。

 戸口で床に落ちたままのリストバンドが目に付いた。
 何と無しにそれを手に取る。
 鉛か何かを仕込んであるのでろう、ずしりとした重みが心地良かった。

 

 「…強いから勝つのではなく、勝つから強いのである。」

 振り向かぬままクルガンが言う。

 「弱いから負けるのではなく、負けるから弱いのである。」

 「………。」

 「負け癖をつけるな、勝ち癖をつけろ。」

 「……何?それ…。」

 訝しげな顔をし、シードが尋ねた。
 クルガンは振り返り、リストバンドをシードに投げた。

 「お前に送る賛辞だ。」

 そう言い残し、クルガンは踵を返すと訓練場を後にした。

 

 

to be continued>>>

 

 

 

おやや?
一体どうしたクルガン氏…。(笑)
というかシード…あっさりし過ぎだろ…。
うう、今回もやはりわけがわかりませんv(死)
これかいてる途中にネット遊泳したから…。(殺)

紺野碧