Arabesque―片翼―
あの日から1年の歳月が過ぎた。
今ならば、あの時言ったクルガンの言葉を理解できる。
強いからが勝つのではなく勝つから強い
弱いから負けるのではなく負けるから弱い
負け癖を付けるな勝ち癖を付けろ
奴は賛辞だと言った。
確かにそうだ。
あの時のオレに対する最高の賛辞だ…。
奴を理解し始めた今…その言葉の持つ本当の意味に触れた気がする…。
「1年か…。」
あっという間に過ぎていった気がする。
将軍に就任したのがまるで昨日の事のようにはっきり思い出される。
同じ春という事もあるのだろう。
より色濃く、鮮明に…あの日の”こころ”が蘇る。
今のオレは1年前のオレと比べて格段強くなった。
剣技についてもだが、精神的にも…。
今だ、”奴”に勝てないのは悔しいが、容易に越せない壁を『絶対に超えてやる』という気持ちが逆にオレの闘争心を煽る。
”奴”に勝てない事がオレを強くした。皮肉にも…。
それらは、戦績にも現れた。
一騎当千宛ら切り込み、敵軍を蹴散らし、自軍を率いて戦うオレの姿に人は皆、戦いの神を重ねた。
いつしかオレは猛将と呼ばれるようになった。
そして、そのオレの傍らには知将とあだ名される”奴”がいた…。
「やはりここにいたか…。」
振り返ると”奴”がいた。
いつもの無表情で淡々とした口調で喋る”奴”が…。
風に舞うオレの髪とは対照的に、後ろに撫で付けた銀髪を乱さず、最後の一段を上りきる。
「軍議までまだ時間あんだろ…。」
風によって乱された自分の髪をかき上げ、上目遣いに見る。
そんなオレに”奴”は一瞥くれると屋上から見える景色へと視線を移した。
オレもそちらへと目を移す。
何所までも澄んだ青い空。
広がる草原。
遠くに見える山は頂上が白く霞んで見える。
海は見えない。だが、湖が点在する。その湖面が日の光を反射させ、きらきらと輝いている。
春の色を含んだ緑の森がひどく綺麗だ。
そして…町。
オレの…オレ達の守るべき町が見える。
ここからの景色は、大切なものが見える気がして気に入っている。
何かに迷った時、心落ち着かぬ時、気分が優れぬ時…。
ここはオレの憩いの場だ。
安らげる場所だ…。
そして、オレがここにいる事を知っているのは…こいつだけだ。
ちらりと目だけで横にいるクルガンを見た。
何も言わず、只、じっと眼下の景色を眺めるクルガン。
その横顔は端整で、冷たい彫刻を思わせる。
1年前はいけ好かない奴だ、と敬遠した。
半年前は何考えているのか底が見えないところが気に入った。
オレの中でのこいつは確実に変わっていっている。
反発から興味へ…。
興味から………。
そこまで考えて俺は軽く首を振った。
馬鹿馬鹿しい…
目を閉じ、眼前の景色を思った。
まるで雑念を振り払うかのように…。
ひんやりとして、それでいて何所と無く暖かい風が頬を撫でる。
遠い鳥の囀りが聞こえた。
高く澄んだ囀りが心地良い。
「そろそろだな…。」
銀の鎖を繋いだ懐中時計を手に、クルガンが呟いた。
「軍議か…。あーあ、たりーなー。」
大きく背伸びをして、オレはクルガンに背を向け、階段へと向かう。
すぐ後ろを一つ息を吐き、クルガンが着いてくる。
それを肩越しに見て、オレは微かに笑った。
1年後。ちょっと成長です。(笑)
う〜〜ん、なんだろう…。
心の成長を目指してみたんですが…。
別なものが育ってきているような気が…。(汗)
まあ、まだまだ続きます…。(苦笑)
紺野碧