Arabesque―衝動―

 

 

 

 「討伐隊が帰先したぞぉっ!!!」

 何所の誰とも知らぬ兵士の声が廊下に響く。
 城内が騒がしい。
 私は執務室の窓から下を見た。
 城の者が出迎える中、先頭を歩く白い軍服を赤く染めたシードがちらりと見えた。
 だが、その様子がいつもと違うように思えた。

 皆、討伐の勝利に酔い、無事を確認し合っていた。
 誰一人として気づくものはいない。
 私だけがシードの異変を感じていた。

 

 

 彼らの帰先と共に夥しい量の仕事が回って来た。
 討伐に使われた備品の調査報告、予算報告、戦死者の確認等。
 予想していたよりも被害が大きく、その処置に追われた。
 慌しく時間が過ぎ、ようやくそれらが一段落ついた頃には夜は更けていた。

 ぎしり と椅子に深く腰掛け息を吐く。
 執務机の上には書類が山住にされている。
 そのうちの一枚に、ふと、目が止まった
 横に除けられていた報告書を手に取る。
 シードの報告書だった。
 そこには、敵の数が調査されたものより遙に多かった、という内容の報告…というよりも文句に近い言葉が乱雑に書かれていた。
 奴らしい…と、苦笑が漏れる。
 それと同時に帰先したシードから感じられた異変を思い返した。

 青い顔をしていたな…。

 怪我を負ったという話は聞いていない。
 負っていれば報告の一環として耳に入って来ている筈だ。
 それに、たちまち城内に広がっているだろう。

 そこまで考えて、また、小さく息を吐いた。
 そして、重い腰を上げると私は自室にいる筈のシードを訪ねた。

 

 

 「シード…」

 「クルガンか、ただいま。」

 ノックの後の促しにより、私は入室した。
 シードは、着替えもせず窓際の椅子に腰掛けていた。
 振り向いて、私の姿を見て笑うが、その笑顔に力が無い。
 疑念がますます深まる。
 私の勘が当たっているならば、軍服を染める血は返り血だけでは無いはず。
 鋭くシードの一挙一動に目を配らせる。

 「着替えないのか…。」

 「ん?ああ…そうだな。」

 忘れてたよ と、首を竦め、今更気付いたようにシードが言う。
 だが、その言葉を鼻で笑い、私は言った。

 「着替えるのを忘れていたのではなく、着替えられなかったのではないか?」

 「…何が言いたい。」

 怒気を含んだ声でシードが問う。

 「その血、返り血だけでは無かろう。」

 ぎくり、とシードの頬が強張るのを私は見逃さなかった。
 あの反応からすると、放って置いて良い傷ではない筈だ…。

 「見せてみろ。」

 「…治したからいい。」

 そう言って、シードはいつまでも脱ごうとしない。
 それどころかふいっと顔を背け、沈黙する。
 頑ななまでに治療を拒むようだ。

 手間の掛かる…。

 「いいから見せてみろ。」

 強く言い、私は嫌がるシードの服を無理矢理引っ張った。
 シードの目が驚きによって見開かれる。

 「や、やめっ!!!」

 拒絶の言葉を聞かず、より強く引っ張る。
 開放されたシードの服から覗く白い肌。
 その身体には男には無いはずの二つの膨らみが存在した。
 凍りつく私の手を引き剥がすようにしてシードは襟を掻き寄せた。
 俯くの頬が朱に染まっている。
 嫌な沈黙が室内を支配する。
 私は愕然とした思いで呟きを洩らした。

 「お前…」

 「頼む…誰にも言わないでくれ!!!クルガン、頼むっ!!!」

 私の言葉を遮るようにしてシードが懇願する。
 その悲痛な声が何所か遠くに感ぜられた。
 ただただ頭を鈍器で殴られたような鈍く重い衝撃が私を襲う。
 私の中で何かが音を立てて崩れ去った。
 そして、全く別のものがその全貌を現しいた…。

 「…条件がある。」

 「何?!何でもする、何でもするから…!!!」

 必死に頼み込むシードに冷えた瞳を向けて言う。

 「お前と引き換えだ…。」

 「…オレ?」

 意味がわからずシードは呆けた顔で問い返してきた。
 そんなシードに私は口元にだけ笑いを浮かべた。

 「そう、お前自身だ…」

 そう言ってシードの頬に手を寄せ、耳元で囁いた…。
 例えるならばそれは悪魔の囁きだった。
 少なくともシードにはそう思えただろう。
 しかし、それを拒否する権利はシードには与えられていない。
 その事を私は知っていた。
 知っていながら敢えてその要求を口にした。
 その私の目論見通り、シードは小さく頷くと自分からその血に染まった軍服に手をかけた…。 

 

 

.

 

 

 シードの部屋を出た後、足早に自室へと戻った。

 何故あのような事が出来たのか?

 私自身わからなかった。
 いや、本当は答えは出ていた。
 それを自ら否定し、押し込めた。
 そのような感情が自分自身にあると認めたくは無かった。
 認めてしまうにはあまりにも愚かな感情だ。

 しかし、最早事実は曲げ様も無く、そこに存在する。
 私は苛立ちを押さえきれずに拳を壁に叩き付けた…。

 

 

to be continued>>>

 

 

ぐはぁっ!!!
話が繋がっていないような気がします…。
クルガン氏の心の葛藤?
や、葛藤ではないですね…。
ヤっちゃってるし…。(ぼそっ)
えと、このページの何所かに裏リンクを張ってます…。

紺野碧