不思議な…
「よおっ、クルガン!!」
ノックも無しに勢いよく開かれた扉から深紅の髪の青年が入ってきた。
彼は部屋の主が見つからず整った顔を不機嫌そうに歪めるとつまらなさそうに呟いた。「んだよっ、不在かよ…」
仕方なく踵を返そうとした時、聞き慣れたバリトンが奥の部屋から聞こえた。
「こっちだ。」
「あ?っだよ…いるんならいるって言えよ。」
書斎の本棚を引っくり返し忙しそうに手を動かす相棒にシードは腕を組み、書斎の扉に背を預けた格好で悪態を吐く。
「忙しいんだ、お前と違って。」
「悪かったな、暇人で…」
クルガンの嫌味を鼻で笑ってどうせ。と返すシードににやりと笑ってクルガンが言う。
「いや、余計な手出しされて私の仕事が増えるよりも数段マシだ。」
「…喧嘩売ってんのか?」
扉から背を離し、額に青筋を浮かべながらクルガンに歩み寄る。
「残念ながら私にそのような暇は無い。…本を探すくらいならばできるであろう、手伝え。」
振り向きもせず、さも当然といった風にクルガンが言う。
「遠慮す…」
「遠慮するな。」
逃げようとしたシードの襟首を引っ掴み、無理矢理本の山を渡し、クルガンは再び作業に戻る。
手の中の本とクルガンの背を見比べ―――――自分の所為でクルガンが忙しい。という負い目から、シードはしぶしぶクルガンの作業を手伝う事にした…。
「探し物くらい副官にやらせとけよ…何で俺が…」
ぶつぶつと文句を言って本を乱暴に積み重ねるシードにもっと丁寧に扱えとクルガンが注意を促す。「そういうな、これもハイランドのためだと思うなら光栄だろう?」
新たな本を本棚から出して手渡すとうんざりといったシードの顔が視界に入る。
「そう思うんならデスクワークやってるって…人間向き不向きってもんがあんだよ。」
溜息をつきながら言うシードの表情が何所かしら悟っている様にも見え、クルガンは失笑した。
「んだよ…何笑ってんだよ。」
「くくく、いや…お前も人並みに考えているのだな、と思ってな…」
「!!!!!」
口元に手を当て、肩を震わせるクルガンに拳を振るうが、あっさりと避けられる。
それが余計にシードの癪に触った。
無言で本棚に歩み寄ると膨れっ面のまま、物凄い勢いで本棚を引っくり返してゆく。「シード、後片付けを誰がすると思っている…」
「知るかっ!!!んな事よりさっさと手ぇ動かせよ!!!」
本格的に機嫌を損ねてしまったらしく、ばさばさと本を落としてゆくシードを横目に、半ば諦めた様にクルガンは床に散らばった本を拾い集め始めた。
「…これじゃねーのか?」
本棚を荒らした事により怒りが収まったのか、手に取った本をすっとクルガンに差し出す。
「『戦略・軍事政策』…ああ、これだ…」
そう言ってぱらぱらとページを捲り、中身を確認する。
「良かったじゃん、見つかって…。」
「ああ。」
生返事をして、本から顔を上げたクルガンがシードをじっと見つめた。
「…?何か顔についてっか?」
あまりにクルガンが凝視するので、何かついているのかと思ったシードは自分の顔をこすり始めた。
「いや、…何か用があって来たのではなかったのか?」
クルガンの言葉に、顔を擦っていた手を止め、な〜んだ。と言って髪を掻き揚げた。
「こないだお前がイイ酒が手に入ったって言ってたから…。」
「ああ、それか…。今から私はソロン様の所へこれを持って行かねばならん…帰ってくるまで待っていられるか?」
いつも胸元に入れている懐中時計を見ながら言うクルガンに…。
「おう、なんせ暇人だし♪」
先程の事を根に持っている様子も無く、無邪気ににかっと笑ってシードが言った。
そんなシードを眩しそうに見つめ、微かに笑う。「…部屋のものを勝手に触るなよ?」
「触んね―よ!!」
シードの言葉をそうか。と聞き流しながらクルガンはソロンの元へと急いで行ってしまった。
「俺は子供かっつーの!!」
クルガンが出ていった方を向き、苦笑いを浮かべる。
軽く髪を掻き揚げ、クルガンの椅子に座ろうとしたシードの目にクルガンの執務机の上の小さな小瓶に目が止まった。「何だ、これ…?」
上質の皮の感触がとても気持ち良いクルガンの執務椅子にどかっと腰掛け、小瓶を手に取って見る。
『部屋のものを勝手に…』
クルガンの言葉が木霊したが、逆にそれがシードの好奇心を煽った。「触るなって言われると余計触りたくなんだよな〜♪」
にぃっと笑って小瓶の蓋に手をかけた…。