この色が野依さん、この色が海月担当地区です☆
起き抜けで、まだぼんやりと虚ろな眼差しのユノは、一瞬にして悲劇の主人公と化してしまったカナタの、そんな真っ白に燃え尽きた姿を、ベッドに座ったまま、ある意味無邪気とも無垢とも言える表情できょとんと見つめていた。
Scene 4:一瞬の暗澹
――小鳥の囀り。
それは、本来ならば爽やかな早朝の訪れを告げる美しい響きの筈である。きらきらと降り注ぐ太陽の光に包まれながら、まだ心地良い温もりの残るベッドの上で清々しく背伸びなどして、冷えた空気を目一杯肺に吸い込む――深呼吸の後には、今日という一日を何となく幸せに過ごせそう…なんて、根拠はないけれどそう思ったりもするものだ。
……だが、この少年にとって。
そんな小鳥の鈴の音のように愛らしい声も。 死刑宣告を告げる鐘の音か、はたまた地獄の階段を上ってくる死神の足音にも匹敵するだろう、恐ろしくも無慈悲で残酷に痛烈な未来の始まりを告げるものでしかなかった…。
五時間は経った頃だろうか。カナタが真っ青な顔で床に両膝両手をつき、ガックリとへたり込んでから――つまり、あれ程待ち侘びた朝日がとうとう昇ってしまったのである。
一瞬にも永遠にも感じられた…熾烈な戦いになるだろう、今日という一日の幕開けである。
「う…ん……、…おはよ…、…………、…あれ、カナタ君?」
「………お゛は゛よ゛う゛こ゛さ゛い゛ま゛す゛…」
ベッドの中から聞こえた寝呆けた声。 五時間前のカナタの絶叫から、まるで現実逃避でもするかのように(それは、カナタこそがしたかったのだけれど)再びぱったりとベッドに埋もれてすやすや眠ってしまっていたユノが、のろのろと上半身を起こす。そして床に突っ伏して動かないカナタに初めて気付いて、首を傾げた。(つまり先程の「おはよ」は誰に向けて言った訳でもないようだ)
カナタもカナタで反射的に挨拶を返したは良いが、如何せんカナタが見つめるのは床ばかりでユノの方を一ミリも見ようとしない。
所々に鬱血を残した上半身裸の艶めかしいマクドール氏を直視出来ないのと、直視する余裕も無いのと、わーいラッキー♪ 目の保養目の保養、などという考えすら浮かばない程に追い詰められた状態である、と判断した方が良いだろう。
しかしユノは能天気に、うーん、と気持ち良さそうに背伸びをしてからベッドを下りた。まだ事の切迫状態に微塵も気が付いてはいない。
まあ確かに、遮る雲さえない青空に浮かぶ太陽の光を窓から一身に浴びて、ユノのように晴れ晴れ清々しい気分になるのが普通 だ。
……、そう、「普通」なら。
「どうしたの、世界が終わったみたいな顔して」
「……ふふ…ふはは……………」
その普通に当て嵌まらない今のカナタの様子に、さすがのユノも怪訝に思ってかそう尋ねるが、返ってきたのは今にも死んでしまいかねない瀕死の笑い声。
――「世界が終わったみたいな」? みたいな、ではないのだ。既に。もはや。
よもやユノとカイルを間違えて………〜…しようとしたなどとは(云々)…更には現場をイチハにばっちり目撃され、あまつさえそのまま取り逃がしたなどとは(云々)…しかも逃げられたのは五時間も前の事で、今頃彼が一体どこにいるかも分からないなどとは(云々)…。
あああ、一体どうしたら良いんですー!!? と今にも頭を抱えて絶叫しそうなカナタに、しかし洞察眼の鋭いユノでもさすがに事の全貌を察するのは無理というものだ。そして首を傾げながらも取り敢えずカナタの事は放置しておこうという結論に達したらしい。上着を着ていない事にも遅蒔きながら気付き、ユノは自分の体を抱いてぶるりと震えた。
「寒……あれ、僕の上着は、と……、……? おかしいな…まあイチハの借りれば良っか」
着ていないという事は、どこかで服を脱ぎ捨て、裸でここまで来ない限りこの部屋のどこかに落ちている筈で、…しかし床には肩をガックリと落としたカナタ以外、布らしきものは見当たらない。適当に視線を彷徨わせた後、ユノは早々に上着探しを諦めてクローゼットを開けた。
そこには、アイギス城の城主の略装着や私服類が数着ハンガーに掛けられてあった。イチハの自室からユノがこっそり持ち出してここに隠しているのである。灯台下暗しとはこの事で、イチハもまさか頻繁になくなる衣服達が実はこんなにすぐ傍にあるなどとは微塵も気付いていない。
ごそごそと、その中でも特にお気に入りの服を取り出し、早速それを羽織るユノ。それからふとカナタを振り返り、
「ん? あー、カナタ君も上着ないんだ。じゃあ、ちゃんと洗って僕に返してね」
元はと言えばイチハの服を、しかしそこは親切心で(本心は裸のまま床に突っ伏している姿がうざかっただけかも知れない)カナタにも一着放ってやった。
バサリ、と完全に冷え切ったその上半身に、薄布一枚ながら、確かな温もりが被さる。
――その瞬間、 まるで暗い闇の淵に俯せでぷかぷかと漂うドザエモンのようだったカナタの双眸が、カっと見開かれた。
「こうしちゃいられないですー!!!!!!!!!!」
今更のような叫びの後、カナタはすっくと立ち上がると、神業のような素早さで(多少ぶかぶかしている)上着の袖を捲り上げながら、きょとんと首を傾げるユノへ詰め寄った。
「ユノさん! 実はかくかくしかじかで!!!!!」
「え?」
勿論「かくかくしかじか」では伝わらない。しかしカナタの恐ろしい形相と凄まじい気迫で何となく事態が切迫している事は分かったらしい。
「とにかくルックにイチハさんどこ飛ばしたのか聞かなくちゃなんですよ!!!!!」
「分かった…詳しい話は歩きながら聞こうか」
落ち着いた言葉とは裏腹に、カナタとユノの次の行動は早かった。先を争うように部屋を飛び出した二人は、全然「歩きながら」のスピードではなかった。アイギス城に響く足音は確かに静かなものなのだけれど、すれ違う兵士や民間人達が全員ビクッと驚愕の表情で二人に道を譲ってゆくところを見ると、やはり尋常ではないのだろう。
「僕も何が何だか分からないんですけど、どうやらユノさんと一緒のベッドで眠ってただけのところをイチハさんに目撃されましてですね、多分あの様子じゃ絶対誤解されてます」
「誤解…、…! もしかしてイチハ妬いてくれたのかな?」
ユノは微妙にうきうきと嬉しそうだ。
「そ、それはどうか分からないですけど」
「でもイチハの事だから『ユノさん…カナタさんとお幸せに……』とか言って身を引かれても困るしなぁ…で、カナタ君は何でここにいる訳?」
「ううっ…ユノさんの態度が露骨に刺々しいですーっっ」
「別に『イチハとの久々の逢瀬になる筈だったのに邪魔しやがってこの野郎』とか思ってないから安心して」
「!!! うわーん!!!!!!!!!!」
さすがに虐めすぎたのか泣いてしまったカナタに、すぐにユノは「冗談冗談。お陰でイチハが妬いてくれたかも知れないしね」と笑顔を見せる。しかしこんなやり取りを交わしながらも歩く(?)速度は双方共に衰えていないのだから、大したものだ。
「でも誤解が誤解で済まないかも知れないんだよね…」
「へ?」
「何かさー…さっきから腰がダルくて」
「!!!!!!!!!!?」
「最近はイチハが忙しいからってあんまりしてない筈なんだけど……ね、」
「は…あははははははハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!(泣笑)」
勿論冗談なのだろうが(そう思いたい)、妖しい流し目と微笑でカナタを見つめてくるユノに、もはやカナタは壊れたような笑い声で答える他ない。
しかし実際そうだとしたら…、……、…いや、止めておこう。とにかく今はイチハを捕まえる方が先決だ。
タタタタタ…、と階段を下り、いつ戻ってきたのだろうか…ちゃっかり石板の前に立っているルックの下へ凄まじい勢いで駆け寄る。
カナタ達が巻き上げた砂埃を、ルックは至極うんざりした面 持ちで払っていた。
「ルック!!」
「何なの、君ら。朝から騒々しいったらないね全く」
「ちょっとルックに聞きたいんだけど、数時間前、イチハをどこに連れて行ったのか、隠さず素直に教えてくれると有り難いな」
「別に君が怒るような事をした覚えはこっちにもないよ」
「……今ここで自分の意思で吐くか、それとも僕に吐かせて欲しい?」
「……それで脅してるつもりかい?」
ルックとユノの間に火花が散っている…。
どうやらこの二人は劇的に仲が悪いらしく、しかしカナタは口を挟めないまま、ユノを見守っていた。
そのうちルックの方がこれから起こるであろう騒動に巻き込まれるのを懸念したのか、あっさり折れた。
「そっちのそっくりさんの方の城だよ」
「……………」
「……………」
そっくりさん。
そっくりさん=カナタ。
カナタの城=坊っちゃんラブ城。
……、もしや、カイルさんのところに告げ口に…!!?
数秒後、石のように固まってしまっていたカナタが半狂乱になって叫んでいるのを、アイギス城の誰もが目撃したという…。
Scene 5:一瞬の後悔
―――時間は再び5時間程遡る。
(ああ…)
一体自分は何を見たのだろうか…?
イチハは思った。
(ああ…)
―――ユノさんとカナタさんが浮気…?
有り得ない。
フラフラと足がふらつく。
有り得ない、そうイチハが否定したい理由は、説明出来るようなものではなく、ただただ根源的なものだった。
(ユノさんとカナタさんが…?まさか…そんな事…)
しかし、見てしまったのだ。
明らかな情事の痕跡を…
裸
二人
ユノに覆い被さるカナタ…
(―――ユノさんが誘ったとか…?幾らなんでもそれは…いや、ユノさんなら有り得るような…でもオレに何か嫌がらせとか悪戯するとかだったら、ユノさんはあの場で起きてる筈…疲れたみたいで寝てたし…ていう事は…?)
イチハは、混乱した思考の中、殆ど無意識的に自分の城と同じ造りでいて、そうでない城の中を進んでいた。
まだ夜明けも遠い中を一人フラフラと…。
夜警の兵士らは、そんなイチハの様子を見て怪訝な表情を浮かべていたが、この城の主が主な為、特に呼び止められる事はなかった。
(夢…夢だろうか?だってオレ寝てないし、今も眠いし…ああ、早いとこ自分のベッドに行って寝なきゃ…明日も仕事だし)
そう本能の命ずるまま、彼は自室へと戻ろうとした。そこは彼の自室ではなかったのだけれども、今のイチハの状態では、そんな些細な判断は出来なかった。もう彼にはどうして、この場所へやって来たのかという事さえわからない…。
―――ちょうど、扉の前にイチハが立った時だ。
人の気配に気付いたのか、中にいた――トランの英雄と呼ばれる存在であり、この城『ぼっちゃんラブ』城の名前からもわかるように、ここの城主カナタに(偏)愛を受けていて一応付き合ったりなんかしている――カイルが、イチハよりも先に中から扉を開いた。
「カナタ?帰って来…―――イチハ君?」
どうしてこんな時間にここに?とカイルは首を傾げた。
カイルはカイルで、出かけたまま戻って来ないカナタを待っていた所らしい。
そして、予想外の出迎えを受けたイチハはというと、――それに驚く気力も残されていなかった。
「…………………カイルさん?」
「う、ん?;」
朦朧とした瞳で呼び掛けて来るイチハに、カイルは首を傾げながらも、とりあえず頷いた。
見るからに様子がおかしいのがわかってしまう。
「あの…とりあえず、中に入った方が―――イチハ君!?;」
「……………」
バタッ。
物も言わずにイチハは倒れた。
「イチハ君!?;大丈夫!?しっかり…;」
…気が緩んだのか、もう現実が信じ切れなくなったのか…その場で崩れ落ちるように眠り込んだのだ。
そして、そのイチハの身体を必死に支えつつ、カイルは(何があったんだろう…?;と思いながらも、)イチハを部屋に招き入れる…というか引きずり入れるのだった。
ふかふかの布団…
暖かな毛布…
泥のような睡眠から、羽根のような軽さの睡眠へと移り、イチハは幸福の境地にいた。
(気持ち良いな…)
うつらうつらと夢心地で、しかしそれでも起きなければという気持ちが湧き起こり、イチハは目を開こうと格闘し始める。
そしてその戦いの中で、悪夢を反芻していた…。
あの、―――カナタとユノが一つ布団という恐ろしい現実をだ。
しかし。今、目の前にあの光景はないし、イチハ自身はベッドの中だ…。
(何だ、やっぱり夢だったんじゃないか…)
奇妙な安心感に、イチハは睡魔との戦いに負け、再び眠りに落ちようとした。
―――ヒヤッ…
(………?)
ふいに、額にあった何かが退けられ、次に(気持ちが良いくらいの)冷たい感触が与えられ、イチハは閉じかけた瞳を再び開いた。
「あ、気が付いた…?起こしてごめんね?;」
「…カイルさん?」
「うん?」
申し訳なさそうな顔で覗き込んでいるのは、倒れる直前に見た姿…。
―――――夢じゃなかった…!;
…とてつもなくショックだ。
「急に倒れたから、部屋まで運んだんだけど…大丈夫?;」
「あ、はい。すみません…ちょっと、その寝ていなかった(のとショックなものを見た)んで…;」
イチハがそう言うと、心配そうだった相手は、「良かった…」と小さく笑みを零した。
それを見、茫然自失状態だったイチハは、少しの勇気をかき集めて質問する。
―――その結果、最後の希望を自らの手で摘み取る結果となったとしても…
「カナタさんは…いないんですか?」
「え?」
カイルは少し唐突な質問に、首を傾げかけたが、すぐに一つ首を縦に振って肯定した。
「うん、何でか昨日から帰って来なくて…」
希望は潰えた。
「―――じゃあやっぱりあれは幻覚じゃなかったのか…;」
………イチハは、じっとりと嫌な汗をかき、両手で顔を覆った。
傍目には、まだ冷静な様に見えたがその実、彼はかなり混乱していた。
…でなければ、後々非常になってこんな後悔するような台詞を、言う筈がなかったであろう。
「カナタがどうかしたの?」
「ユノさんと…いやでも…カナタさんに限って浮気なんて…そんな…まさか…」
尋ねるカイルの言葉にも答えず、イチハは混乱したまま呟き続けていた。
聞いたカイルは、
「――――――え? 『浮気』?」
「え?…あ!;しまッ…;」
「……………」
Scene 6:一瞬の攻防
「ユノさんッ!;ユノさんは何か昨日のコト覚えてないんですか!?」
「全然(笑)」
「ちょっとは考えて下さいよーッ!何で僕とユノさんがっ…べ、べべべベットイン?;してたのかをー!!(泣)」
「それじゃあカナタ君は覚えてるの?」
「全然です。(真顔)」
「それじゃあお互い様だよねぇ?」
…よくその速度で会話が出来るな、という程の速度で、カナタとユノの二人はぼっちゃんラブ城内を闊歩していた…。
お互い、イチハの!カイルの!元へと、必死にたどり着こうとしている為に、周囲の視線など目にも入っていない様子だ。…まあこの二人は、普段であっても周りの視線など気にしない事だろうが…。
―――が、しかし。
「違いますって!僕はちゃんと5時間悩みました!でもユノさんは全然悩むっていうか考えもしてなかったじゃないですかー!あの後また寝ちゃいましたし!!」
「でも、そのお詫びにカナタ君が風邪引かないように(イチハの大事な)上着貸してあげたでしょ?」
「それは僕が裸だったのを見るのが、欝陶しかっただけって理由な気がしますよ!!;何となく!」
「誰もそんな事言ってないよ、カナタ君は気にし過ぎ。(笑)」
「にっこり笑ってもごまかされませんー!(泣)」
「あ、でも…カナタ君の背中にあった傷は、僕が引っ掻いた痕かなぁ?とは思ったよ、」
「うわぁあああんッそれは知りたくない事実なんですーー!!(泣)わざわざ言わなくてもーッ!!」
…ザワザワとザワつく周囲のメンバーら。
大声で話しているきわどい会話の数々に、嫌がおうでもナニがあったのか解ってしまう…。
「カナタが浮気ッ!?」
「不倫か!?;」
「付き合ってるヤツと同じ顔だからってカナタッッ…!(泣)」
「フケツ!」
「朝帰りかっ!?」
「いや…まさかそんな…!誤解じゃないのか!?」
「と、とにかくカイル様に報せないとッ」
殆どパニック状態だ。
それに…悲しいかな…噂というものは、それが衝撃的であればある程、早く伝わるものであった。
その速さは風のごとく音のごとく光のごとく城内を駆け巡り、―――そう、カナタとユノがたどり着くよりも早く、イチハとカイルの元へと駆け巡りたどり着いたのだ…。
………しかし、噂というものは伝われば伝わるだけ、原型をなくしていくものでもあり…
「失礼しますッカイル様ッッ!!カナタ様が愛人を連れてこの城に乗り込んで来たとの報告がありました!いかが致しましょうッ!?;」
「ええッ!?;」
「………」
何ですかその話は!?;とイチハは叫んだ…。
どうしてそんな話になったのか…それは、この場にいる誰にもわからない事であった……。